手紙を書こう。3年ぶりに。

娘と離れ離れになってから、

月に1度メールの交換をしていた。

年に1度の誕生日だけバースデーカードと

プレゼントを贈った。

女性同士、しかも親子なので趣味も好みも熟知している。

ハンドメイドの小物がいい。

常に身に着けておける、使い勝手がよい、

そして母から貰ったという記号的な役目を果たすものとして。

かけた手間暇が体温を媒介する。

もう1つは肉筆の手紙。

気持ちを込めた一字一字の連なりが、

体温をストレートに伝える。

軒先に真夏の木漏れ陽を反射する

緑の楓がある。

一番大きな一葉を摘み、白紙の便箋に包もう。

都会のマッチ箱に1人暮らしする彼女にとって、

実家の庭の香りは郷愁をそそるに違いない。

明日にでも帰っておいで。





PS.
その日、町中の通りで偶然に出会った女性は、35年ぶりに再会するD子さんだった。面影というのは隠せないもので、はた目には40代中盤の母親も、大きな二重瞼と鼻筋の通った美形はまだ保たれていたので、声をかけられてすぐにあの日の彼女が浮かんだ。えええ、何年ぶりかな?から3分前後で、高校卒業後から現在までの互いの経緯を語り合い、彼女にはすでに大阪の大学に進学した娘と高2の息子がいることがわかった。都会と一人暮らしとへの憧れは、田舎に住む若者特有の一種のかぶれのようなもので、自分もその昔、そういう18歳だったから、娘の思うように淡い夢を叶えてやるために、大いに賛成して送り出したと言った。が、1ケ月も経つと、すぐに娘もホームシックにかかり、2日に一回、電話やメールが来たという。僕と母親の彼女が再会した日は、彼女の娘が夏休みの終わりを機に、大阪へ戻った翌日のことだった。そして、近いうちに手紙を書いてやろうと思う、そして何か支えになるような魔除けにもなるような飾り物もいっしょに送ってやろうと思う、と彼女がおもむろに行った。路上での会話は、それを最後に10分で終わった。また、何かの機会にでも、と社交辞令を述べて踵を返した。上記は、娘には一度、手紙を送ってやりたいと思う、という彼女のさりげない親ごころを表す台詞からインスピレーションを得て、一気に書いた。18歳だった頃の彼女が35年後に、タイムリップしてきたように感じつつも、その会話は今を生きる大学生の娘を持つ母親そのままだったことに、言葉にできない不可思議さが残った。声も発話の際のイントネーションも、彼女はあの頃のままだったから。





●ちょうど5年前の晩秋から初冬にかけ、書いていながらアップし忘れていた散文が数十本、古い控えフォルダから先ほど発見。時節に沿って、その時折の心象を成り行きに任せて綴ったショートストーリーのよう(こんなの書いていた事も先ほどまで忘れていた)。デフォルメを一切していないので、お見苦しくご不明な点があろうかと存じますが、どうかご海容ください。 ではまた後日、別の散文をアップします。