昨日の昼前に携帯から懐かしい声が響いてきた。

横浜に在住する、同級生のS方くんだった。

中学1年に同じクラスになって以来のつきあいなので、

もう30年以上にもなる。

細く、長く、時に熱く、時に激しく語り合い、

ぶつかりあい、バカをやり、ともに悩み、

ともに祝杯をあげたり‥。

その彼から思わぬ一言が発せられた。

今、実家へ帰って来てる、親父が認知症と

診断されて、看病も兼ねて帰ってきた。

(中学校教諭の)妹が担任として今日から修学旅行

へ行くんで、今日から4日ほど福知山の家や。

よかったら明日、呑みにいかへんか?

しがない中年の悩みを聞いてくれ‥と

冗談まじりに笑いながら、彼が言った。

あの頃、東京での生活を誘引したのが僕で、

彼は慣れ親しんだ郷里を後に、就職して半年目の

大手食品会社をやめて、上京した。

警察官かツアーコンダクターになりたい、

という夢をずっと抱いていた。

食品会社に就職を決める時点で、

警察官の採用試験に合格し、

2次審査もクリアしていた。

さすがに、警視庁に行けるならともかく‥

とさらりとそれをかわして、上京後すぐに活動して

ツアーコンダクターへの道を探るべく、

中堅の旅行代理店に身を置いた。

海外への添乗には、英会話が不可欠だからと

在京の英米人と友だちになって、ネイティブの

英語を無料で教わったり、各国の法律の知識も

必要だからと、日本では珍しい外国の民法や刑法に

ついて勉強したりしていた。

呑みに行くと、話は留まるところを知らず、

終電が間に合わず、オールナイトの映画館で

朝まで過ごした。

新宿、渋谷、国分寺、吉祥寺、高円寺、

両国、銀座、六本木、恵比寿、八王子、中野。

僕と彼がいる場所に三人、四人と輪が広がった。

僕が東京を後にしてからは、ずっと年賀状と半年に

一度あるかないかの電話かメールのやりとりだった。

ちょうど10年前、結婚した。

今も、子どもは授かれずにいるが、奥方とは

仲良く過ごしているらしかった。

奥方の郷里は山形で、過去に3度行ったそうだが、

冬は寒すぎて、もう二度と行きたくないと嘆いていた。

いろいろあって彼も46歳になっていた。

細く、長く、ひらひら、かすかに、

友人関係はずっと30年以上変わらずに続いている。

昨日の携帯の声を思い返すに。

彼の心労のレベルが相当上がっているな、と思った。

彼が、はぐらかすように呑みに行こうと

突然誘ってくる時はいつもそうだった。

簡単に周りに吐露できない愚痴や心労、苦悩の

受け入れ場所を僕に求めてくる。

二つ返事で了承した。

そういえばもう3年ほど顔を観ていなかった。

先月の東京出張の時もタイミングが合わなかった。

久しく会うこともなく、すでに3年も顔を観ていない

というのにこういう会話ができるのは

限られてくる。

断ることだってできる。

断られても、また次の機会を約束する。

次の機会がひょっとしたら半年後か1年後まで

伸びてしまうかもしれない。

しかし、両者は何のわだかまりを持たず、フランクに

わかった、と言い合える。

気心が知れる間柄には家族や兄弟がその代表として

真っ先に上げられるが、幼馴染や四半世紀以上続く友人、

いわゆる腐れ縁的な関係も軽視できない。

S方くんは何を僕に言いたいのだろう。

何を僕に聞いてほしいのだろう。

そして、どんな語り合いがしたいのだろう。

今日、2人だけの酒席で久々にブルーズな酒を

じっくり味わうとしよう。


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