一昨日の土曜の夜から、妻の実家に一泊し、

静かな時間を過ごさせてもらった。

義母、妻、息子の3人は相変わらず

盤ゲームに終始していた。

すでに戦力外通告を受けている僕は

離れの部屋で読書をし、暗闇の田園と星空を

仰ぎながら、携わっている仕事の数々について

思いを巡らせていた。

母屋と離れは国道に面しているが、

21時を過ぎると、寝静まったように往来はない。

通りの反対側にはすでに畦と枯れた水田の

ベルトが続いている。

農地整備できれいに区画されているので

真上から見ると、茶色いテニスコートが

幾何学的に配列された感じだろうと思う。

300メートルほど先の小川でベルトは途切れ

その先には山がある。

月夜の山間に響く、獣の鳴き声。

鹿と狐の掛け合い。

すぐ目の前の田に光る、4つの玉。

正確には2対2組の光の玉。

鹿が田の残り株を食べに、人気のない時刻に現れ

その鹿を追って狐が現れたと推測する‥。

いや、鹿の体躯には狐1頭では勝負にならない。

狐はしかも、人里近い場所で狩りを

行うはずもなく、鹿もまた、

狐に後から付けられるような無用心ではない。

鹿よりもはるか後方にいると思われる狐は

僕が、離れの窓からの視点では

距離感がないように映る。

すべての星座のすべての星が

夜空にはりついて、等距離の位置で輝いて

見えるように思ってしまう錯覚と同じだ。

鹿と思われる1対の光の玉の後ろを

もう1対の光の玉が横切った。

つまり、一度光の玉が消え、

3秒後に現れた。

両者の間にはやはり距離があると踏んだ。

しばらく伺っていると、

後方の玉が、前方の玉の右下に

寄り添うように並んだ。

前方の玉が後方の玉におじぎするように

下がった。

わかった、あれは親子だ、鹿の。

鹿の親子だった。

僕が、窓を開け放ったために漏れた

離れの光に誘われたのだろうか。

もし、誰かが餌付けをしていて、

人から食べ物をもらうことを

知っているとしたら、すぐ目の前まで

来るかもしれない。

少し、ときめいた。

そしてカーテン越しに隠れて、

2組の光の玉の接近を待った。

1分、その光の玉たちは、右の田へ移動した。

畜生、気づいたか。

匂いか、それとも彼らのカンが警戒のサインを

だしたのだろう。

親鹿と思われる大きな光の玉から

甲高い音がひとつ鳴り、

山へ向かって走り去る音が聞こえた。

四足が野を蹴る音だった。

山にはもう食べるものがなくなったのだろう。

というより、人里近い田には、

古い切り株やミミズがある。

農道には昼間農夫が捨てた残飯がある。

人は以前に比べて、自分たちに

敵意がない。むしろ好意的だ。

と思えるようになったのではないか。

山に棲む獣も、世紀が20世紀を越えて

その思考に近代化が芽生えたのかもしれない。

山裾の一軒家の灯りを思った。

自然に頭の中で音楽が流れ始めた。

キングクリムゾンのケイデンスとカスケイド。

山の精と水の精。

義母の家の離れの向こうに広がる

暗闇の田園と山には、

人恋しそうな動物たちのフラグメントがあった。

暗闇の中のたったひとつの灯りは、

人をより孤独にする。


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