曇天が続いている。

雲の合間から垣間見えるあのオゾンでいっぱいの

青の空に飢えている。

シベリアからの寒冷前線が、

未だ揚々と南下しているせいだろう。

気温も20度を少し上回る程度。

去年はすでに山並みと肌が

夏の兆しを感じていたはずなのに、

今は、曇天の煽りを受けた湿り気だけを

風に伝言している。

風にぬめりがある。

南の陽光に暖められた乾いた空気感がない。

風が乾くと、風景は彩度と光度を増す。

風景を文字で描写しようとするには

最適なコンデションになる。

曇天と雨。

ポジティブな要素は、蝸牛、紫陽花、虹。

背伸びをはじめた水田の苗。

ベージュのレインコート。

傘は、ピンクか黄色。

あの交差点を渡ろうとする彼女には

それがよく似合う。

が、シルバーグレーの空が

情景のトーンを曇らせる。

昨日、ママチャリでサイクリングした。

およそ自宅から3キロ離れた妻の実家までの

プチサイクリングだ。

太陽をさえぎり、灰色の綿が折り重なり

地面を覆うように流れていた。

息子は僕の50メートル先を

6速で疾走している。

妙な競争心を出して、ペダルに力を入れると

息が切れ、続かなくなるので

追いかけるのは気持ちだけにした。

生後8年の新品ギアと44年の中古ギアでは

性能の優劣はあきらかだ。

気持ちが18歳でも、肉体は加齢分だけ

衰えている。

先週金曜日の健康診断で、達観していた。

どういうわけか、血圧を3度計測された。

年齢のわりに高いという。

最高171、最低138。これ65歳並です。

どうしました?

と聞かれても、答えようがなかった。

3度目の計測で

最高140、最低128。年齢並に戻りましたね。

何だったのでしょうね?

そうですね、何なのだろう。

答えは見つからないままだった。

息子は自転車競走に勝利したことを

喜んでいた。

僕が、彼と同い年のころ

当時自転車で日生の保険外交員をしていた

祖母と5キロの競争をして

勝った時のことを話した。

その祖母は、かつて女学校時代に

10キロの登山マラソンで50人中ベスト10に入賞したことを

自慢した。

祖母が僕と競争をした時の年齢は53歳だった。

体重75キロ。太っていたが、

脚力は衰えていないようだった。

およそ40回の季節が巡り、祖母は他界し

僕は四捨五入するとフィフティーズに到達する

年齢になった。

曇天が心と体によくない、と感じさせるのは

覇気を要求する加齢がもたらす

生理現象かもしれないと思った。

プチサイクリングの帰途。

息子は、途中で減速し、スタミナを切らしていた。

コンスタンスなペース配分。

始点と終点、自己の体力を計算に入れた

連続運動は、年齢と経験が勝る。

彼は、はじめてそれを熟知したようだった。

勝負は下駄をはくまで分からない。

うさぎとかめ。

あのおとぎ話は、嘘ではないぜ。というと、

彼は、そうか‥今日はたまたまバテたし。

と言ってニヤリと笑った。

勝敗の行方を曖昧にして、

自分をごまかしたかったのだろう。

僕は、それでもお父さんの負け。

とは、言いたくなかった。

曇天は、人の気持ちをどこか曖昧にする。

南からの夏の風と空が恋しい。

ペネロぺのような女性の微笑でもいいが。


ペタしてね