物心ついた頃なので、
カルピスに出会ったのはおよそ40年も前になる。
幼稚園、年長で確か天使組だった頃と記憶している。

あの頃(今のシーズン)は、
プロ野球中継と歌謡番組の花盛り。
長嶋茂雄と王貞治、村山実と田淵幸一が
巨人阪神戦のスターだった。
まれに、ローカルな近畿放送(現KBS京都)で
野村克也(当時南海)と金田正一(ロッテ)
を視ていた。
アナログの手動式チャンネルをひねり、
父と僕はブラウン管の前で釘付けになっていた。

そして、ブラウン管の前に置かれた座卓に
冷えたカルピスがあった。
父は当時のCMのままに、ガラスコップにカルピスを
作り、角氷を3個入れてくれた。
午後9時を過ぎ、野球中継が終わると
寝床に就くのが約束だった。


9時以降は大人の時間。
それ以上起きていると、大きくなれない。
子どもは良く食べて、カルピスを飲んで
早く寝なさい。学校に行くようになれば
自分でできることは、自分でするようにしなさい。

父が言った、あの科白もよく覚えている。

カルピスを作る。とはどういうことか。

今でもそうだと思うが、カルピスは
濃厚な原液が、あのビンにつめられている。
原液を好みに合わせて、飲料水で薄めて、
いわゆる割って飲む必要がある。
僕的には、作る楽しみという遊びがあって
当時としても画期的だったろうと考える。

通常のガラスコップに、そのコップの
高さの6分の1を目安に原液を注ぎ、
冷水を加えてシェイク。氷を2つ落とす。
ストローを使うと、こじゃれた優雅な気分になった。
お断りをしておくが、
決して極貧の家に生まれたわけではない。

当時の時代背景を挙げると
スーパーマーケットが、やっと町に2つ3つ
出始めたころ。
八百屋、魚屋、肉屋、お菓子屋、洋服屋
おもちゃ屋、そして駄菓子屋がお互いのシェアを
犯すことなく、共存共栄を図っていた。
1970年代のはじめ。
映画は映画館で、デパートへは汽車を乗り継いで3時間。
京都か宝塚、大阪へ出向き、
まる一日の旅行に等しかった。
新幹線はあの0系。
図鑑の写真とTVのニュースでしか
見ることができなかった。
東京は遠い夢のガンダーラだった。
大阪万博のにぎわいは、
現在のディズニーランドに匹敵した。
郷ひろみも西城秀樹もまだ17歳の高校生だった。

自分で作るカルピスには、
70年代の、アナログ全盛の味として
懐かしさだけが先に蘇る。

年代が下り、25歳の頃。あれは1989年だったろうか。

カルピスウオーターなる

缶入りのカルピスが登場した。

すでに調度品として作られたカルピスだった。
家で飲む飲料ではなく、持ち運べる、
モバイルなカルピスという切り口が
カルピスを知る大人の年代を捉えたのだろう。
僕は、毎日1缶は飲んでいた。

すでに、的確な濃度に加工され、
プルトップを開ければ、絶妙なカルピスが
手に入る。350ml、100円。
発売から3ヶ月後、自販機とコンビニでは
売り切れが続出していた。
あの渋谷での騒動は、驚きだった。

ちょうど、桜が散りかけた4月の中頃だった。
代官山のデザイン事務所の窓辺から
花びらが舞い込んできた。
机の隅に置いていた、カルピスウオーターの缶に
一枚、飲み口をふさぐように付着した。
FMから、流れていたのは
エンヤのオリノコフロウだった。
あの清流を思わせる歌声に、
カルピスウオーターはよく似合っていた。
書き上げた原稿と校正を届けに事務所を出る。
東急代官山駅に向かう途上で、
浅野ゆう子の撮影現場に遭遇した。
当時の三井銀行がさくら銀行に改名したことを
伝えるCMの撮影だった。
代官山支店の入り口から出て、笑みを向け
自転車で坂を下る数秒。

ハイ、カット。の声がかかると
浅野は、僕たち野次馬にも会釈をし、
失礼します、と言ってマネージャーの元へ
去った。撮影の休憩だったのだろう。
浅野が、マネージャーから飲み物を渡された。
カルピスウオーターだった。
缶を口に運び、飲み干していく横顔が素敵だった。
スターが魅せる、素顔の美だった。
すでに民放の各局でドラマを梯子していた
当時の彼女なだけに、無意識な仕草も輝いてみえた。

カルピスには、幼年期と青年期に
こうした思い出がある。
不思議なことに思春期には
カルピスの存在はない。

牛乳とトマトジュースと野菜ジュース。
それにコカコーラボトリングの数種。
成長期の身体が素直に求めるままに
していたのだろう。

現在。
この記事でカルピスを思い出した次第だ。
明日にでも1本買おう。
口にするのは、実に18年ぶりになる。

あえて、復刻版にしなくてもよい。
あの、瓶詰めの水で薄めて作るアナログな
素養があれば、2009バージョンでもいい。
ちびくろサンボのようなモノクロのキャラクター。
あれが、今も生きている限り
各々の年代にカルピスは共通していると思う。


カルピスには、退色したモノクロームの写真が似合う。