アメーバブログ「ブラウンの熊たち」は2015年4月20日より、新ウェブサイトに完全移行します。4月20日以降は新ウェブサイトのみでの更新となりますので、よろしくお願いします!
・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
こんにちは、小高です。
今日は結構前から考えていたことについて。
・・・・・
「自己満足」というこの言葉。
どうもあまり良いイメージがないように思えます。
「どうせ自己満足でしょ」「自己満足に終わる」「自己満足にしかならない」のように。人々が何かをする時に、それが自己満足に終わらないように、とよく言いますよね。
まず、この言葉の意味を定義しましょう。
ウィキペディアさんによると、「人理学用語の一つで、人間が行動を行った場合に、その行った行動に対して自分自身が満足をする様な物の事を言う」らしいです。
例えば、ボランティア。社会貢献という理由をもとに行われているけれど、結局は「社会のために何かをしている自分」に酔っているんじゃないか。ようはそれが自己満足で終わっているんだと言われることが多いです。他にも、企業を経営する上でも新しいビジネスプランが本当に顧客の需要に応えるのか?それとも自己満足で終わってしまうのか?が重視されています。
じゃあ例えば、自己表現の為のツールとして考えられていることに関してはどうでしょう?
アート。絵を描いたり、彫刻をつくったり、そんなアーティスト達は誰の為にアートをつくっているのでしょう。なぜつくっているのでしょうか。
世間に評価されたいから、有名人になりたいから、自分の才能を認めてもらいたいから、その作品を通してあるメッセージを伝えたい相手がいるから、お金のためか、それとも自分のためか。
アーティストは、自己満足で終わってしまっているのでしょうか?そしてそれは、悪い事なのでしょうか?
もっと身近な例だと、ファッションはどうでしょう。
毎朝出かける前に洋服を選ぶ時、新しい服を買った次の日にワクワクしながらそれを着る時、それは誰のためなのでしょうか。
人に褒められたいから、モテたいから、それとも自分のためなのか。もしお洒落をする理由が自己満足のためなのだとしたら、それは別に悪いことではないんじゃないでしょうか。
自己満足。それがどの様な形で行われているかによって、良い悪いが決まるのかもしれません。
私は、「自己満足」って大切な事だと思います。
それは独善や独りよがりとは違うんです。
まず、何をするにも自分で自分自身に満足する。
私にとって自己満足は最低条件なのです。
自分自身で満足出来ていない何かを他人が見たとしても、きっと満足しないでしょう。もしそれで他人からいくら評価されたとしても、いくら褒められても、本当の意味で自分は喜べないと思います。逆に、自分が自分の中で満足していれば、それだけでいい気持ちで居られる。幸せである。たとえそれが他人に評価されなかったとしても。
そもそも、自分のすることの価値を決める時、他人が軸になるんじゃなくて、自分自身が軸になるべきです。周囲の評価に関係なく、自分で自分の価値を認めること、こそが「自己満足」なのかもしれません。で、その自己満足のために、私たちは日々頑張ったり努力したりするべきなのでしょう。
ただ、そこでの問題は、自己満足を履き違えている人もいるんです。
たとえばさっき例として出したアーティスト。彼らは、多かれ少なかれ自分を他人にアピールしたい人なのかもしれません。アピールする為に作っているわけではないのかもしれないけれど、自分の作品が世間からどのように見られているのかを作者として気にするのは当たり前の事だと思います。そしてその自己アピールの時に、理解されない事を相手のせいにしようとしまったら、それは間違った自己満足の形でしょう。
だから、完成させた後に一定の満足に得るにしても、それをすべてと考えずにもっと上を探す「満足しきれない部分」もいつも持っていなきゃいけないのかも...?
世の中的に、「自己満足」だけじゃだめなんだ、という言い方をする事が多いです。
なんで?それはきっと、人間はみんな他人の為に役に立つ事が大切だ、と教えられてきているからなのかも。
でも、「他人に評価される」って本当はどういうことなんだろう?
考えてみることが大事なのかも。
とかいってる自分こそが、「自己満足」に浸って書いているのかもしれませんけど。笑
・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・


