「すべては自分の中にある」
あれは、、、たしか、、、
8年前のあの日
生まれてはじめてヒプノセラピーを受けたあと、部屋を出ようとした時に自分の口から思いがけず出てきた言葉だった。
その時はヒプノセラピーという言葉も知らなくて、「退行催眠」をしてくれるというお友達に出逢い、どんなものか体験したくてお願いした。
事前に、メールで「今までの自分の歴史」みたいなものと「悩みや解決したいこと、成し遂げたいゴール」などを提出し、いざ当日、「どんな体験するんやろー?どきどきどき💓」と、セラピールームに向かったあの日
初めて受けた感想は
「あー、催眠ってこんなもんか。もっと怒涛の体験をするんかと思った」
といいつつ、泣きすぎて鼻が詰まりまくり、しゃべられへんくらいやったけど🤣🤣
思っていたのとは違って(みえかたに違いがあるって後で知った)なんだか作り話をしてた気持ちだったけど、今と姿形はちがっても、確かにあれは娘だったということだけはなぜか自信をもって言えた。
この時のセッションでは、当時の悩みである娘との関係、そしてこの人生の目的(そう、当時はやみくもに探していた)を知りたいとセッションに臨んだ。
結局、私は2回セッションを受けて、1回目では娘との関係のわかる前世をおもいだし、また、今世での目的を気づくことができた。
2回目のセッションでは、そのときについでに知りたかった次男(今は亡き😭😭)についても、私にできることは何かないか、みておきたかった。
当時の次男はまだ小学生。
死んでしまった3年前とは少し違い、いつも走り回っておもしろいことを言ったりしたりする、おもしろ元気ボーイだった。
だけど私の中での悩みは二つ。
左耳が全く聴こえないのと、時々つらそうにする頭痛だった。
左耳が聴こえなくなったのは、幼い頃のおたふく風邪が原因のムンプス難聴。それでも本人は特に困ったこともなさそうに日々過ごしていたからまだ救われてた。
頭痛に関しては、ほんとにかわいそうで、薬もあんまり効かず、あちこちの病院や整骨院、頭痛専門のサイトを調べて、連れていったけどどこもいまいち合うところがなかった。
私にできることはなんだろう?その答えが知りたかった。
2回目のセッションの時、次男について、私にできることが知りたいと、
いざ!セッションに臨んだ。
催眠に入り、「どんな場面がみえますか?」の問いかけに「うーーーん。周りはまっしろでよくわかれへん、、、」戸惑いながらも、しばらくそのあたりをみまわしてみる。
前回の時は、いきなり江戸時代?のお屋敷の廊下に出てきたのに、こんどはどこやろう??
「足元をみてください。何か履いてますか?」の問いかけに
「え。なんも履いてない気がする。というか、まわりはホワホワした雲の中」
「それは中間生かもしれませんね。まわりに誰かいますか?」
うーーーん。。
周りを見渡して見ると、なんだかテルマエロマエにでてくる大浴場みたいな気がしてきた!相変わらず雲の中やけど。。。
そして目を凝らすと、向こうから誰かやってくる気配がした。
「あ!!!れんたろーや!!」
髪の毛が黒くてクルクル巻毛のほんとにテルマエロマエに出てきたようなお目めくりくりの色白ボーイ(歳の頃は20歳前後?)が穏やかな顔で目の前に現れたではないの。
今世とは見た目は違うけど、これはきっとそう!
蓮太郎!
「では、聞きたいことがあれば話しかけてみてください」
目の前のイケメンボーイにおずおずと話しかけてみる。
「ねえ、片方の耳が聞こえなくて大変じゃない?頭痛も治ってほしい。わたし、どうしたらいい??」
そしたら頭、ポンポンされて
「大丈夫😊全部決めてきたことだから。母さんは、母さんの思う通りに生きていったらいい。大丈夫。うまくいってるよ」
そんなふうに声をかけられた。(気がした)
もちろん、あつこ、号泣😭😭😭😭😭
このときは、この数年後、この子が亡くなるなんて知る由もなく、ただただ、つらい思いをさせるのが私が辛かった。
耳が片方聴こえないのも、頭痛で苦しんでるのもみたくなかった。
ときどき「きっとそのうち科学が進歩してるから、脳内の神経にうまく両耳から聴こえてるように変換されるイヤホンが登場するで!!」って、2人で話してそんな日が来ることを楽しみにしてた。
バシャールの本を読んでたり、子どもは親を選んでくる本を読んでたりしてたので、その時は素直に「ああ、そうか。全部決めてきたことなんか」と、妙に納得した。
なにより、姿は違うけど、本人がそういうんだから、この子が納得してるんだから大丈夫なんやろう。そう思うとすごくホッとした。
何かをしてやらなくては。
私は親としてやるべきことがあるはず。そんなことに囚われて苦しかった自分がいたことに気がついた。
たとえ子どもでも、自分とは違う。
自分の思い通りになるわけではない。
子どもが苦しむのをみていたくないのだとしても。
たとえそれが愛情からだったとしても。
そんなことに気づくことができた。
ああ。わたしはわたしの道をいく。
そんなこんなで、わたしは今日も自分のご機嫌をとるのに忙しい毎日を送ってます