3月11日、今日は絶対に忘れてはいけない、
母の誕生日!
なんですけど、それよりも、忘れる事の出来ない、
東日本大震災の日です。
昨年の今日、私は市ヶ谷にいました。
異常に長い揺れとともに、
窓から見えるビルの避雷針が、
釣り竿のように激しく揺れていました。
私は帰宅困難になって、現場に泊まり、
夜中まで、大勢の人がゾロゾロと歩いているのを、
見ていました。
そして、2週間位して、茨城の祖父の所へ行ったのですが、
高速道路は、ヒビや段差が出来ており、
サービスエリアは、ガソリンを入れる車であふれかえっていました。
田舎の家は、中はめちゃくちゃでしたが、
家そのものは、幸い、大した事なく、無事でしたが、
祖父がいる施設は、隣の老人保健施設が崩壊したらしく、
お年寄りでごった返していました。
しかも、2週間くらい断水していたようで、
戦場のようでした。
その時は、まだ祖父は元気でした。
そして、4月7日に祖父が急に亡くなり、
1週間位、茨城にいたのですが、
その間、震度6の余震を2回経験し、
なまの津波警報も聞き、
被災地の緊迫感を、肌で感じて来ました。
本当に毎日、震度4から5の地震が何回もあって、
揺れ始まってから、緊急地震警報が鳴るのです。
行き慣れたスーパーは、どこもメチャクチャでした。
それにしても1年は、あっという間です。