日曜は私が短大の時の
サークルの先輩の
お葬式に参列してきました。
まだ31歳。
早過ぎる別れに
悲しさが止まりません。
朝起きて来ないと奥様が様子を
見に行ったらすでに
息を引き取っていたとのこと。
サークルメンバーは
とても仲が良く、
卒業後も、この先輩が
みんなを取りまとめてくれて
海に行ったり、
BBQをして楽しみました。
みんなそれぞれ家族が増え、
これからは家族ぐるみでと
思っていたのに、、、
先輩には2歳の息子さんと、
奥様のお腹に赤ちゃんがいて、
先輩が亡くなった2日後に、
娘さんが生まれました。
同じ2人の子を持つ親の1人として
自分と重ねずにはいられません。
抱っこすることも叶わないまま
子ども達を残して逝かなければ
ならなかった先輩。
そして出産目前に夫を亡くし、
まだ幼過ぎる子ども達と
残された奥様。
しかも突然死と断定するために
警察の聞き取りや解剖まで
しなくてはならなかったそう。
またご両親の立場から思うと、
子どもが先立つ無念さ。
理由は知らないのですが、
先輩は3兄弟でしたが
数年前に弟さんも亡くされてます。
どれほどの悲しみか、、、
どんな言葉も足りず
悲しみに浸ることしか
できません。
でも、つい
こんなことを思い出します。
りりが生まれた時、
(ダウン症の疑いがあると宣告された日)
人生が終わったと本気で思ったし
神様は何てことをするのだ、
私は(私達家族は)何も
悪いことなんてしてないのに。
そんな風に思ってました。
でも、もちろん
悪いことをしたからでもなく、
その逆でもなく、
年齢も、職業も、
お金持ちも貧乏も、
生い立ちも、外見も、、、
関係ない。
もちろん先輩のことも同じ。
神様に選ばれてしまう。
自分自身や、周りの人の力も
及ばない。
でも、
りりは元気でここにいて、
私達に癒しをくれる。
成長がゆっくりなことや
身体が弱いことで
少し大変なこともあるけど、
全然、人生終わってなかった。
本当にあの時の自分を
ぶん殴ってやりたい。
でも先輩は、
この世界のどこを探しても
もういない。
ご家族はこの現実で
先輩がいない世界で
生きていかないといけない。
私達の心の中でしか生きられない。
病気や障害のことには
目が向くようになってましたが、
元気な人であれば、
命の大切さや、
奇跡の連続で生きてること、
生かされてることには
すっかり当たり前に
感じていたように思います。
先輩のことは、絶対忘れません。
そして先輩の分まで、
私は人生を今まで以上に大切に生きる。
ありがとう。