10年経った今
私は英語が出来ない
私に出来ない英語は、もちろん子供達も出来ない
年間1/4程度しか夫と一緒に生活していないのだから出来ないのだろうが
家の中を英語が飛び交うのが夢であっただけに悲しい現実だ
出合った頃は私達の会話は英語だった
夫は右・左・アリガトウゴザイマス程度しか知らなかった
しかし夫がどんどん日本語を覚え、日本語で通じるようになってから私は会話が楽になり2人の間から日に日に英語が消えた
数年前までは多少言葉の中に英単語を入れていたのだが、それも消えた
子供は常に私と過ごし、保育園、小学校、交友関係、TV、全て日本語の環境に生活の為一切英語は出来ない
4歳から英会話に4年間通わせていたが、全くもって意味を成さなかった
通っている時から成果を感じずレッスン中普通に日本語が飛び交っていたので期待薄だったが
4年通って単語1つ読めていなかった・・・
夫も子供に通じない英語より日本語になってしまう
よってバイリンガルの夢は消えた
夫の弟アフォなヨナス(ヨナスの経緯は”2ヶ月後のありさま”に記載)は10年前それほど英語が達者ではなかった
ヨナスはその後イギリスで生活していた
4年前エチオピアに行ったときヨナスも私達に合わせて帰国し、久しぶりにエチオピアに帰って来た
ヨナスはペラペラになっていた
ペラペラに加えて、モテキも合わさり(怖いものなんかないさ~俺は自由さ~女に不自由しないのさ~期)相変わらずのアフォさ(素直と言っておこう)は隠し切れず滲み出ていたのだが、とてつもなくでかい態度であれこれイギリス談を話していた
ヨナスが長男に話しかけても長男は固まり返答できず
私に話を振っても単語を探し探し話すので時間が要る
英語と言う問題を抱えた日本人親子にヨナスはこう言い放った
「英語もっと勉強しなよ。英語の学校ないの?学校のお金出してあげるから行きなよ」
これっぽちも悪気もなく言った
これを言われるとツライ
もっと英語を勉強しなよ
よく言われる
日本人は何で出来ないのか・・・海外の人はそっちの方が疑問なのだと思う
ヨナスは相変わらず楽しい奴だった
ヨナスがいると家族皆がヨナスの話に耳を傾けて一語一句聞き漏らすまいと聞き入っているようだった
皆、笑顔で笑い声が耐えない
兄達は可愛いものを見るかのような優しい眼差しで相槌を打っていた
私はヨナスの言葉がグサリと胸に刺さっていた
言いたいことの半分も言えない
半分どころか、とっさに出てくる言葉は少なく、自分の考えを伝えられるのは3割程度なのかのしれない
悔しい
色々な思考が頭の中にあるのに、使う単語の数の知識しか持ち合わせていないような気持ちになる
悔しい
使う言葉の数しか経験していないような人生ではないのに
私は赤ちゃんではないのに
日本にいる外国人の話を聞いていると、相手はいい大人なのにどうしても子供っぽく可愛く感じる時がある
だからこそ壁を作らずこちらも入っていきやすいのかもしれないが
本人達は伝わらずどれほどもどかしい気持ちになっているのか
エチオピアに居るときの自分も正にそうだ
そしてしばし凹むのだ
しかしヨナス君
君は私が教えた日本語「すご~い・ゴミ」くらいで
「俺は日本語が出来るぜ!」ってのはどういうもんだろうか
そのポジティブさを少しばかり分けてはくれまいか
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