ラブホコンサル関羽のぼやき -23ページ目

ラブホコンサル関羽のぼやき

ラブホテル再生プロデューサー関羽が、ラブホ絡みの話題、その日その日に思うことを鈴なりに綴る。

女子の言う、

「ちょっとポッチャリな子だよ」は、もれなくデブだし、

「ふくよかな子だよ」も、ただのデブだし、

「存在感のある子だよ」もデブだし、

「安定感のある子だよ」もデブだし、

「篠崎愛に似てる子だよ」もデブだし、

「グラマラスな子だよ」もデブだし、

「デブだよ」も当然デブだから、

気をつけろ!プッ。

 

 

 

 

皆さん、ども。

 

 

 

 

さて、今月の店舗のVODの中に、

昨年話題になった、

 

「人間失格・太宰治と3人の女たち」

 

放映中なので、

先日、じーっくり観た。

 

で今日は、その映画の感想ではなくて、

最初はそう考えてたんだけど、

 

やっぱりやめた。

3人の女のそれぞれの愛に

堕ちていく太宰を見てて

彼の生きざまの中での

 

一体彼はなんだったんだろって

思うようになったので、

勿論すばらしい才能の作家でもあるわけで、

 

太宰文学ファンには失礼な文面に

なるかもだけど、

 

またまた独断偏見で

語ってみたい。

 

簡単にストーリー言うと、

 

天才作家、太宰治。

身重の妻・美知子とふたりの子どもがいながら

恋の噂が絶えず、自殺未遂を繰り返す。

 

その破天荒な生き方で

文壇から疎まれているが、

ベストセラーを連発して

時のスターとなっていった。

 

太宰は、

作家志望の静子の文才に惚れこんで激しく愛し合い、

同時に未亡人の富栄にも救いを求めていく。

 

ふたりの愛人に

子どもがほしいと言われる

イカれた日々の中で、

 

それでも夫の才能を信じる

美知子に叱咤され、

遂に自分にしか書けない

「人間に失格した男」の物語に取りかかる・・・

 

とまぁ、その書き上げた後に

富栄と玉川上水に

入水して自殺するという物語。

 

3人の女を演じた、

宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみ

特に狂気じみた後半の二階堂は怪演だった。

 

小栗旬の太宰も良かった。

 

まさに、

作品の為、本気の恋の為、

堕ちる、

「人間に失格した男」

を演じてた。

 

3人への愛はそれぞれ違う種類で

一括りに出来ないんだな。

 

自分の為、作品の為、彼女の為と

三者三様に強い愛が存在していたとも思う。

 

最後に自分の書きたかった

作品の為に愛の獣となり

その生涯に幕を閉じる。

 

彼の人生こそが

人間失格という一つの作品だったんだろね。

 

変な表現だけど、

太宰治が最高にクズで、

清々しい気持ちになったな。

 

同じ時代を生きた、

三島由紀夫や石原慎太郎とは

全く違う。

同じ作家なのに。。。違う。

 

三島由紀夫が筋トレして、

太陽を浴びて、太宰を一蹴する。

石原慎太郎が、あの偉そうな態度で

太宰を蹴り飛ばす。(言葉でね)

 

結構である。

 

だが、太宰というのは、

それだけでは終わらない何かがあるんだよな。

 

ん~、

確かに彼の人生後半は、

結核も含めて、考え、目線、女性との云々、

病人であった。広い意味でね。

 

ただ、考えなければいけないなと思うのは、

 

この映画で感じたのは、

目の前にいる『太宰』という作家は

病人そのものではなく、

病人を描いた存在だという事。

 

病人は病人を描く事はできないよな。

では、

病人を描く事のできる人間とは何か。

 

それこそが、

『作家』じゃないだろか。

それこそが、太宰その人。

 

しかも、

太宰は知ってたと思う。

どうすれば健康になれるのかを。

 

彼にはわかってた。

 

でも、彼は自分が健康に生きることよりも、

自分の病気を大切に思ってた気がする。

 

精神病患者って決まって、

無意識的なものだよね。

だが、

太宰は意識する病人だったんじゃないだろか。

 

彼は自分が

病気だという事を知ってて、もしくは分かってて、

しかも、そこに留まろうとする病人だったんだよ。

 

こんなエピソードがあって、

名前は忘れたが、

その印象が独特だったので覚えてるが、

 

実際に面会に行った話によると、

太宰というのは

「全てがひっくり返った人間」

だという印象だったらしい。

 

フムフム、頷ける。

 

彼がもはや回復不能ほどに、

世界に対して裏返ってしまった様だ。

 

すでに彼は、

自分の作った劇場で踊る一人の役者だったことを

物語ってる。

 

劇中にも出てきたが、

 

彼は精神疾患や結核等の病気で死んだのではない。

 

彼が死んだのは

自身が理解してる

自分の病気との格闘の果てであった。

 

そして、

その格闘自体が我々には

作品として残っているという事なんだな。

 

太宰治というのは、

遠目から見ればわかりやすい作家かもしれない。

 

しかし、今回考えれば考えるほど、

頭が疲れた。

 

爺は平凡だからね。ふふ

当然だわ。

 

そう思うと、俺みたいな下世話な奴には、

太宰から、

 

「病にかかっているのは、君の方ではないか?」

「君の常識が病でないと何故言える?」

 

って問われそうだな。ふふふ。

 

ではでは今日はここまで。

 

じゃ、またね(^^♪