ラブホコンサル関羽のぼやき -18ページ目

ラブホコンサル関羽のぼやき

ラブホテル再生プロデューサー関羽が、ラブホ絡みの話題、その日その日に思うことを鈴なりに綴る。

「精子」とかけて、

「人生」と説く。

その心は、

「せい」で始まり、「し」で終わる。

・・・・ナイス。プッ

 

 

 

 

 

皆さん、ども。

 

 

 

 

 

また昭和の巨星が堕ちた。

 

リアル時代の俺。

西部警察の大門軍団団長、

今では、コンプライアンスに引っかかるんじゃね?

と思える演出にも、

当時は、ほんとカッコいいと思ってた。

 

日産ガゼールのオープンカー、

スカイラインRSもカッコ良かったし、

黒塗りのセドリック230の覆面パトカーは

リアル感があって憧れた。

 

一方で、

病やけがに悩まされたが、

そのたびに不死鳥のように甦った。

 

先日そういえば、

ビートたけしがテレビ番組でかっこいいエピソード

言ってた。

 

ある時、

飲食店で友人の誕生日を祝っていた時、

渡さんたちが同じ店に入って来た。

 

たけしは

『今日、友人の誕生日なんです』と言ったら、

渡さんは

『そうですか』と言って帰って行った。

俺らも帰ろうかとなったら、

店のおやじが、

飲み代は

全部渡さんが払ってくれました、と。

 

誕生日おめでとうって書いてある

花まで届けてくれた。

それをなにげなくやってくれた。

と振り返った。

 

たけしは

「芸能界で教わったことは、

お店行って若手の芸人が居たら、

先に勘定を払って帰って行く」と、

自分も同じことを続けてると語ってた。

 

また死去後の事だが、

奥さんによると、

 

「自分の訃報は、

葬儀などすべてが終わるまで誰にも知らせるな」

という趣旨の「遺言」を残してたらしい。

 

社葬も行わないよう言い置いてた。

自身のことで人を巻き込みたくない、

という

“男気”だったんだろね。

 

なので、

舘ひろし、神田正輝ら石原軍団所属俳優にも

最期を知らせず、

1人で旅立った。

 

礼節を重んじ、

節度をわきまえた篤実な人柄で知られた渡さん。

相手が年下でも、

あいさつをするときは必ず立ち上がり、

一礼するのが常だったそうな。

 

なかなかできないよな。

 

そう書きながら、

また西部警察を思い出してくる。

 

想えば、

○○レンジャーみたいな戦隊モノを見る感覚だった。
ウルトラマンや仮面ライダーを見て育った子供が、

同じ感覚で楽しめるバイオレンスアクション。
 

犯人は同情の余地もない

極悪非道の怪獣だから、

殺されて胸がスッとするストーリーになってる。
 

架空の物語として

楽しめる大人がいなくなった

今の世の中が

平和かと言うと、見ての通りだよな…。

 

おそらく視聴者が粗探しして

クレームだったり、

SNSにてネガティブキャンペーンしたりでね。ふふ

 

あれはあれで、カッコよかったし、

ある意味できないことを代わりに

やってくれるみたいな爽快さあった。

 

もっとも、

今のルールみたいなのを入れた、

犯人が逃げる時にシートベルトしたり、

ネットで

「あんな警察はいない。」

とか書かれたりするような、

面倒臭い時代の

西部警察なんか見たくもないしね。

プッ

 

哲也さん、

あなたは寡黙ながら人を思いやる男気で、

敬愛する石原裕次郎さんから引き継いだ石原軍団を牽引し、

昭和の美学を貫いた人生でした。

 

大好きな裕次郎さんと出会えたかな?

ゆっくり休んでくださいね。

 

ご冥福を祈ります。

 

合掌。

 

 

今日はここまでね。

 

じゃ、またね(^^♪