そういえば、アナウンサー全員必ず10%・10分を、じっぱーせんと・じっぷんと発音してる。
皆さん、ども。
昨日の夜さ、NHKで、上の二人の自殺の接点みたいな
特集してた。
へ~って思うこともあり、
是非、皆にも話たいと思い、筆を取りました。(なんか小説家風・・・)
とは言っても、
二人の作風みたいなことを論ずるレベルでは
ないので、
今日は、二人の妙な接点について、
いつものように、だらだら書くよ。
さて、川端康成。
言わずと知れた、日本初の
ノーベル文学賞受賞者。
俺みたいな奴でも、
雪国ぐらいは知ってる。
また、不可解な自殺でこの世を去ってる。
一方の、三島由紀夫。
この人も当時としては、新進気鋭の
小説家であり、マルチに活動してた人ってイメージあるよね。
そんで、例の自衛隊屯地での、
割腹自決。
ちょっと話ズレるけど、
自殺と自決の違い。
簡潔に言うと、
死んでしまいたいと思って死ぬのが、自殺。
責任を取って自殺することが、自決。
共に、体に傷をつけて、というのは共通だけどね。
さて、話は川端先生が、
ノーベル賞を取るちょい前からの話。
実は知らなかったんだけど、
その2回前まで、
候補に上がってた人物、
三島先生・大江健三郎先生・谷崎潤一郎先生
がいた。
凄い。。。
しかも、川端先生の時には、
三島先生も当然候補だった。
で、選考段階で、
川端先生は、三島先生に、
自分を推薦して欲しいと、手紙を出してる。
当時を知る人の証言によると、
三島先生は、どうしても賞が欲しかったみたい。
しかも、日本において取れるのは、
自分しかいないとまで、豪語されてたみたいやね。
でも、推薦状を書くわけだ。
大体、そこらへんから、二人の関係というか、
心境の変化みたいなものが表面化していく。
そもそも、川端先生は、
当時、自身を除いて、ノーベル賞を取れるのは、
三島君と、あるインタビューで即答してるくらい、
非常に可愛がってた部分がある。
勿論、三島先生も慕ってた。
そんな二人ではあったんだけど、
あのレベルの人たちの気持ちとか、考えてた事なんて、
我々凡人には分からないよね。
特に、三島先生の、
金閣寺。
若い時分に読んだことあるけど、
美の本質とは何ぞやって内容だったと記憶してるけど、
滅茶苦茶難解。
美への描写が凄まじすぎて、
おそらく、
一言一句をしっかりとおさえようという姿勢で臨むと、
読了までに時間を要するかもしれない。
そんな小説書く、文豪の思いとかはわからない。
とにかく、彼は、川端先生受賞後、
露骨に批判に走るようになる。。。
で、最終的に、
屯所での、演説後、
割腹自決に至る。
ただ、彼の葬儀を取り仕切ったのは、
他ならぬ、川端先生だったんだな。
ん~、不思議でならん。。。
それからの
川端先生。
受賞後、大作が書けなくなったみたい。
受賞者としての重圧もあったのかもなんだけど、
三島先生の後を追うように、
その二年後、自殺する。ガスで。。。
この要因については色んな話があるみたいで、
割愛するけど。
でも未だに不明なんだよね。
遺書がなかったから。
俺思うんだけど、
特に芸術家、今回は文学者、それも文豪級の人達。
なぜか自ら命絶つ人多いよね。
知ってるだけでも、
太宰治。芥川龍之介。有島武郎。金子みすず。等々
きっと、繊細な感覚とその人しかわからない孤独感だと思うけどね。
取り留めなく書いてきたけど、
この二人が意外な部分で繋がってたって事を
伝えたく、本日は終わりますよ。
もう一度、金閣寺・雪国、
読み直そうかなと思う、
爺でした。
では、またね♪