夜間勤務のガードマン、待機所で絶対マスかいてる。
皆さん、ドモです。
さてと。。。ここんとこ、ヤリマン以外はお堅い話をしてたから、期待を裏切って、本日も堅くいきますッ。
でも、爺なんで、女性がらみの話、当然ありまっせ。
といことで、本日のお題。ピアノの魔術師とよばれた、偉大なピアニストであり、作曲家でもあった、リ・ス・ト。
超絶技巧練習曲など、難易度の高いピアノ曲を多く残した彼なんだけど、数々の浮名を流したことでも有名。というか、当時のアイドル的存在だったんだな。
とはいえ、彼の功績は女性問題……もとい、超絶技巧の演奏や曲ばかりではなくてね。今回はいろいろな側面をみていこうじゃないか。諸君。
ハンガリーに生まれ、父の指導を受け、10歳になる前から演奏会も行ってた。ドイツに移住してからは、あの有名なベートーヴェンの弟子であるツェルニー(ピアノやってる人わかると思うけど、練習曲で有名)に師事する。
わずか15歳からピアノ講師として生計を立てていくんだけど、その裏には父の死という出来事があったようね。
そしていよいよ、この頃から彼の恋愛遍歴が続いていく……!パチパチパチ
容姿端麗であったリストは、ピアニストとしての演奏技術が半端なく高く、そのパフォーマンスに女性ファンが失神したとか、忘れていった手袋が奪う合いになったりとか、宿泊したホテルのバスタブにあった残り湯を飲む婦人など(親鸞のおっさんといっしょやんけ)。逸話に事欠かない人だったわけよ。
さらにはリストもピアノの弦を切るほどに演奏に熱が入るなど、ぶっ壊し屋みたいな一面もあった。
さらには離婚、不倫や逃避行など、「芸術家ってこういう人いるよね!」という破天荒っぷり。
とある伯爵夫人との間に生まれた子どもが、のちにオペラで有名なリヒャルト・ワーグナーの妻になるコジマ。また弟子であるピアニストもその弟子と交際するなど、まぁ、とにかくヤリタイ放題状態。
と、女性関係をフューチャーされがちなリスト。
でも、教育者、作曲家としても一流なのは間違いない事実。
表題音楽という新しいジャンルや編曲にも力を入れてる。
有名な「ラ・カンパネッラ(カンパネラ)」は、正式には『パガニーニによる大練習曲』第3番 嬰ト短調「パガニーニの主題による」というんだけど、これはパガニーニというヴァイオリニストが作った曲のアレンジで、今でいうと、敬意をこめたカヴァーソングに近いものなんかな。
ショパンやシューマンといった年齢の近いピアニストたちとの交流も深く、リストもショパンについての本を執筆してる。
当時のサロンに出入りする人たちって本当に多才な芸能人という感じだったんだろうな。
さらに、彼を語るときに大事なこと。
派手な 演奏スタイル。
アクロバット奏法などという言葉が生まれるほど、リストの弾き方は過激だった。
高く手を上げ、襲いかかるように鍵盤を叩いた。
彼の強烈なタッチから生まれる打鍵音は「グランドフォルテッシモ」と呼ばれ、会場の外まで聞こえたというぐらい。
リストの手は太くてがっしりしていて親指と薬指がかなり長かった。大きな手で派手なパフォーマンスと共に弾くその姿に、『ピアノの魔術師』と呼ばれていた。
更にリストは即興に重点を置いていたため、楽譜はおろか鍵盤すら見ずに、絶えず生み出されるピアノの音に耳を傾けて演奏をしていたと言われている。ちなみに、演奏中のリストの写真や肖像画で鍵盤を見て弾いているものは1枚もないのよ。
また、リストの弟子達には非常に演奏技術が高いと評されるピアニストが多いんだけどさ、その弟子達の誰もがこぞってリストの演奏を賞賛しており、誰一人貶していない。
この事はリストが演奏家としての絶頂期には、今日超難曲と言われている曲々を(おそらくは即興により楽譜以上に音を足して)見事に弾きこなしていたことの間接的な証であると言えるね。
あッ、ここで、何で俺がピアノとかに詳しいかって・・・俺小学校2年から大学受験までクラシックピアノやってたんだよね。だから俺は意外とインテリ。ギャハハハ
それはともかくとしてね、前述にあった、リストの演奏を見て感激のあまり失神する婦人も多くいたが、時には、リスト自身が失神して譜めくりの人の腕のなかに倒れるということもあってさ、そうなると、聴衆は、息 を殺して震えていた。
「わざとやっているんだ」という批評家もいて、おおさわぎになったりもしたみたい。
またピアノ製造会社であるベーゼンドルファーはリストの演奏に耐えた事で有名になった。
そんなリスト、演奏会でたくさんの収入があっても、どんどん使ってしまうか、寄付してしまうかで財産を蓄えようとはしなかったんだってさ。
勿体無い!!
また、彼の功績として忘れてはいけないのが、新人ピアニスト達を世間に知らしめてくれたってことな。
リストはどんな作品でも編曲して演奏できたので、演奏会でよく自分の弟子達の曲を演奏し彼らが世間から知られるきっかけとなった。
シューベルト、ワーグナー、メンデルスゾーン、サンサーンス、チャイコフスキー、ハンス・フォン・ビューロー、ロッシーニ、ビゼーなど。ね、すごい人達だよね。
最後に、彼の人柄について。
あるとき、リストの弟子とという偽の肩書きを持った人に、リストが出会い、その人が、嘘をついていたことをリストにあやまると、リストは、「弾いて聴かせてください」と言った。
あまり上手な演奏ではなかったが、リストは聴きおわると、「さあ、これであなたは、リストの弟子だと胸をはって言っていいですよ。」と優しく励ましたという。シビレルぅ~
それから彼の態度は常に丁寧で、劇場などで立ちあがる時などは相手がレディ等の場合、別れに際して手を胸に当て、軽くお辞儀をする。それは、気取りではなく、本当に敬意を表しているのである。
彼の表情の変化は、形容しようもない。夢想的だったり、瞑想的だったり、悲劇的にみえたかと思うと愛想よくもなったり。外で人に会ったときには、相手が誰であっても、君主に対するように礼をつくしてたそうな......。
彼は、常時足まで届く裾の長い神父服を着ていて、彼の魔法の杖によって、われらをほしいままに変えさせるような力を持っているようだったと評された。ぱーふぇくと!
「私を真似てはいけない。これは私だからできたのだ」
これは、彼が残した言葉。
仕事で使いてー、マジで。・・・・・・・・・・ムリだな。
という事で、本日はリストの話でした♪
じゃ、またね。