Barの重い扉を開けて入ってきたのは、まさかの部長。

(奴)がバーテンダーなのを知っている事は知っていたが、5年以上通って初の邂逅だ。

 

奴 「いらっしゃいませ」

部長「いつもの」

俺 「(いつもの…?) お疲れ様です」

部長「お疲れ様。あの後、診療所の所長に電話しといたよ」

奴 「さすが。仕事が早い。で?どうでした?」

部長「簡潔に言うと、メンタル面に問題ありのM1人の異動は難しい。でも、アンタとニコイチでの異動なら大歓迎」

 

俺 「普通は2人より1人の方が楽なはずやのに、一体コイツの信頼度はどうなってんの?意味分からん」

部長「改革の期待やろうね。あまり言えないけど今の診療所の空気悪いし。完全に医者と看護師が対立してる。対立は言いすぎかな。深い溝ぐらいかな」

奴 「それを対立と言うんですよ。仲介役を希望って事ですか」

部長「前からずっと『短期でいいから(奴)を応援に出して助けてもらえないか?』って意見もあったし。私の参謀役やから無理って断ってたけど」

奴 「種は蒔いとくもんですね。いつ誰の助けが必要になるかなんて分からんですしね。はい、『シンデレラ』」

 

俺 「部長?お酒飲めましたっけ?」

部長「飲めへんよ。これノンアル」

奴 「3種類の果汁を混ぜたジュースや。お酒は飲めないけどBarに行きたい、飲めないけど雰囲気は感じたいって女性には人気のノンアルカクテル。カクテルbookにもちゃんと載ってる。お前は特別扱いしたっとんやから、少しはカクテルの事も調べろ。知って飲むのと知らずに飲むのとでは全然違うぞ。知識も兼ね備えて飲むのが、味わって飲むって事や」

部長「そうやぞ」

俺 「…。部長?シンデレラのレシピ知ってるんですか?」

部長「知らん!私はちゃんと正規の値段を払ってるから大丈夫や」

奴 「そもそも、部長は覚える気がないから大丈夫や」

俺 「『大丈夫』の使い方、絶対間違ってると思いますけど!」

 

奴 「まぁ、細かい事は気にするな。で、部長に聞きたい事があったんやろ?」

部長「ん?何?」

俺 「いや、部長に…ではなかったけどな。本人登場なんて聞いてなかったし」

奴 「まぁ、部長来るのは月一ぐらいやからな。しかも火曜日。前に言ったやろ?『火曜日は忙しい』って」

俺 「その『忙しい』理由に部長が関わってるのは知らんし」

奴 「おいおい。ホンマにエスパー能力が衰えて来てんじゃねーのか?マジで修行不足やぞ」

俺 「『ホンマに』も『マジで』も意味が全く分からん。エスパーの修行って何やねん」

部長「滝行じゃー」

 

奴 「部長。うるさい。他のお客さんもおる。迷惑」

部長「すんません」

奴 「それに滝行は意味ない。修行した気になるだけ。風邪引くだけ」

部長「すんません」

 

俺 「…。(ノンアルやんな?全く話し進まへんねんけど…)」