高市早苗首相は7月3日夜、3日間にわたるインド訪問を終えて帰国した。政府専用機から満面に笑みを浮かべて姿を現した首相の左胸には衆院議員バッジ、右胸には「幸福の黄色の羽根」がつけられていた。
黄色い羽根は、法務省が「社会を明るくする運動」のシンボルとしたものだ。犯罪や非行のない明るい地域社会を構築するため、7月が強化月間となっている。
しかし、6日以降の国会は、高市首相にとって必ずしも「明るい」ものにはなりそうにない。
混乱を極める連立与党の内幕
7月17日に会期末を迎える今国会だが、いまだ重要法案が残されている。高市首相がこだわった国旗損壊罪創設法案は6月30日に衆議院を通過したが、自民党と日本維新の会の連立合意に盛り込まれた衆院定数削減法案と副首都構想関連法案に加えて、皇室典範改正法案が残っている。
衆院定数削減法案は6月29日、副首都構想関連法案は翌30日に各特別委員会で審議入りしたが、これに野党が反発し、衆議院は空転。参議院では高市首相が予算委員会の集中審議と党首討論に応じないことに対して、野党が委員長を務める委員会の開催を拒否していた。しかし、高市首相が6日の決算委員会への出席に応じたため、正常化する見通しだ。
そもそも混乱しているのは、野党ではなく、与党側だ。
皇族養子を盛り込んだ皇室典範改正法の今国会での成立は、男系男子を主張する自民党の麻生太郎副総裁の悲願。麻生氏と「一心同体」といわれる森英介衆院議長は7月1日、皇室典範改正法の今国会内での成立を最優先し、ほかの2法案を野党が国会に復帰するために「互譲の精神」で話し合うことを求めた。
麻生氏の義弟である自民党の鈴木俊一幹事長も2日、中道改革連合の階猛幹事長に同法案を審議する間は衆院定数削減法案と副首都構想関連法案の審議を止めることを提案した。
これを面白く思わないのが日本維新の会だ。
彼らが「政治改革のセンターピン」とする衆院定数削減法案や、党のアイデンティティーともいうべき副首都構想関連法案を軽視されただけではない。男系男子の皇統を維持するために皇室養子は年齢制限を付けるべきではないという考えの藤田文武共同代表は、6月30日に麻生氏や自民党の小林鷹之政調会長と院内で会談し、養子皇族の年齢要件(15歳以上)を飲まされた。
こうした自民党の“裏切り”に怒り心頭となった同党の吉村洋文代表は2日、「今回法案提出して、それも連立合意に書き、そしてその総選挙を経たわけだから、やり切るのは当たり前だ」と抵抗。吉村氏は大阪府知事として7日の北陸新幹線建設に関する与党会合に出席するために上京するが、高市首相に直談判する可能性もある。
くすぶり続ける参院自民党の不満
それでも、7月17日の会期末までにすべての法案が通るとは限らない。だから憲法第59条第4項の「みなし否決」を利用する「60日間会期延長論」まで飛び出たわけだが、これには参院自民党からも「参議院の軽視だ」との批判が噴出した。
鈴木俊一幹事長は6月29日の会見で「会期内で成立させるという基本方針に変わりない」と述べ、会期延長を事実上否定。萩生田光一幹事長代行も6月30日の会見で「国会において野党の理解を得る努力を重ねながら、閣法、議員立法すべての提出予定法案の会期内成立に全力を尽くすことが政権与党としての責務だと考えている」とぼやかした。
実際には「特別国会は2度延長できるので、小出しに会期を延長するのではないか」という声が多い。
参議院での不満は解消されないままだ。その1つに「参院自民党のドン」といわれる石井準一参院自民党幹事長が、いまは衆議院に転じた世耕弘成前自民党参院幹事長に抱く複雑な思いがある。
参院安倍派の幹部だった世耕氏は、派閥の裏金問題で離党勧告を受け、2024年4月に自民党を離党した。同年10月の衆院選で和歌山2区に出馬して、二階俊博元幹事長の三男の伸康氏を破って当選。今年2月の衆院選でも圧倒的な強さを見せた。
その世耕氏は自民党への復党を希望しているが、石井氏は断固反対している。その理由として石井氏は「2回の反党行為」を挙げ、「党に戻れるすべはない」と主張する。
だが、ある参院関係者は「本当は世耕氏が参院幹事長のポストを長年握っていたため、松山政司参院自民党会長以下の参院人事が滞ったことに大いに不満があった」と説明する。
さらに「世耕氏が高市首相に近いことも原因だろう。高市首相は石井氏のせいで参院自民党が思いどおりにならないと思っているし、石井氏も高市首相のやり方に不満があるようだ」と、2人の犬猿ぶりを証言する。
政権と距離を取り始めた2人のキーパーソン
自民党と日本維新の会の思惑はバラバラ、そして参議院は思うように動いてくれない――。だがもっと深刻な点は、本来なら最も頼りにすべき有力者たちが高市政権と距離を取り始めたという点かもしれない。
第2次安倍政権で外交・安全保障を支えた谷内正太郎氏は、外務省事務次官や内閣官房参与を経て、14年に創設された国家安全保障局の初代局長を務めた。いわば日本の安全保障政策の最高峰ともいえる存在だ。
その谷内氏が7月2日付の日経新聞「私の履歴書」で「私はもともと、今世紀最大の日本の外交課題は中国との関係であると考えていた」と記したうえで、「日本は、同盟国の米国と重要な隣国である中国との間に立って、いかに中国との安定的かつ戦略的な関係を中長期的に構築していくべきか。それこそが日中間の根源的課題である」と主張した。
これは、昨年11月の「台湾有事発言」以降の高市政権の姿勢に反旗を翻したといえるだろう。
もっとも谷内氏は5月3日付の読売新聞のインタビューで「首相の答弁は従来の安保体制の枠を外れた考え方ではなく、中国は過剰に反応して政治利用している面がある」と、高市首相に一定の同情を示している。
しかし、「とはいえ、今は情報戦や認知戦が盛んに行われており、国会での質疑応答を政治利用する勢力が内外にあることを前提とする配慮が必要だ」と、高市政権の情報管理の甘さに苦言も呈している。
さらなる衝撃は『中央公論』26年7月号に掲載された今井尚哉内閣官房参与のインタビュー記事だろう。タイトル自体が「ガソリン補助金を撤廃し、ナフサを確保せよ」と高市首相の主張と真っ向から対立するものだった。
高市首相は、第2次安倍政権で秘書官兼補佐官を務めた今井氏に官邸入りを要請したが、それが叶わなかったために内閣官房参与に任命。本来なら高市首相が最も頼りにすべき人物だ。だが、今年3月の訪米前にアメリカの意向に応える形でホルムズ海峡への自衛隊艦船派遣にはやった高市首相を強くいさめたため、関係が悪化したとも伝えられた。
『中央公論』のインタビュー自体はその後の5月12日に行われたものだが、まさに高市首相が「ナフサの供給に心配はない」と積極的に呼びかけていたときに当たる。インタビュー記事は「高市首相への意趣返し」に見えなくもない。
トロフィーは誰に向けて掲げられたのか
インドから帰国した翌日の7月4日午後、高市首相は「第37回日本ジュエリーベストドレッサー賞」の表彰式に出席し、金色に輝く大玉の南洋真珠のパリュールを身につけて登壇した。
「このジュエリーの輝きのように、多くの日本にいらっしゃる皆さんが『日本の未来は明るい』と思っていただけるように、一生懸命働いてまいります」
キラキラと輝くクリスタルのトロフィーを掲げて、高市首相はにこやかに宣言した。その言葉は自分自身を奮い立たせるものだったのかもしれない。


