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Festina Lente

*悠々として急げ*

昨日あった、カフェでの出来事。


トイレで手を洗っていたら男の子が入ってきました。


見た感じ若々しかったので、

年齢はおそらく20かそこら。


入ってきた瞬間にその男の子は

「ごめんなさい」と発しました。


僕は最初なんだろうと思いながら手を洗い続けていたら

その男の子はトイレをしている間もずっと、

「ごめんなさい」と言っていました。


それだけじゃない、トイレに入ってきてからの

男の子の一連の行動を見ていて

「ああ、障害者の子かな。」と判断していたのですが、

同時にこれほどまでに「ごめんなさい」と発することが

口癖になっているその男の子をすごく可哀想になりました。


なんでだろうなぁって。


言うまでもないことですが、

障害者の子供を育てるのは大変です。


僕の身内にも未熟児で生まれ、

結局脳に障害が残った甥がいますから、

その対応の大変さは身をもって感じています。


でもうちには簡単に謝る環境はない。

もちろん、悪いことをしたら謝るのは当然で、

そのような教育はしているようですが。


今日会った男の子にはそういった

頻繁に「ごめんなさい」と言わなきゃいけない環境が

周囲に確かにあるということでしょ。


だから簡単に謝る。


細かい事情は分かりません。


もしかしたら親からの影響ではなく

学校などでそういう状況に追い込まれたのかもしれないし

家庭・学校に全く問題はなく専ら彼の心の問題なのかも。

そういう事情は分かりません。


でも「ごめんなさい」が口癖っていうのは、

あまりにも可哀想すぎる。


僕が親だったらすごく悲しい。

どうにかできないか、できる限り努力するはず。


今日出会った男の子に関しては、

いつまでも謝るのをやめないので

「何も悪いことしてないんだから謝るなよ!ね!」

って言ってみたんですけど、

言葉を理解できなかったのか・・


その後も「ごめんなさい」と言っていたので、

肩を叩いて「いいんだよ」って言う意味でグッドのポーズをとったら

笑顔で去って行ったのでとりあえずはよかったのか。

まあ何の解決にもなってないけど。

解決できるって思うのもおこがましいか_:(´ཀ`」 ∠):_


でもなんとかならんもんかなぁ。


まあ今回のことは全て僕の予測でしかありませんが、

「障害者を不幸視する社会、障害者を産めない社会」

というのは確かに存在しています。


マススクリーニング、出生前診断がそのいい例でしょ。


「先天異常=中絶」が正当化されてる社会ってなんなの?


胎児っていうのは、たとえ障害を持ってても

将来成長して様々なかたちの生を享受する

可能性持った大切な存在なのに。


その可能性を抹消する社会。


うちもそうでした。

甥に障害が残るかもっていうのはかなり早い段階で分かって、

医者は中絶を一つの案として提案してきたそうです。


甥は叔父叔母にとって初めての子供で、高齢出産だったこともあって

子供をもうける数少ないチャンスだと思ったのか・・

叔母が特に「バカでもなんでもいいから産みたい」と望み、産むに至ったけど

親・友人を含めて周りからは否定的な意見もあったそうで。


やはり健常者に根付いている優生思想をどうにかしない限り、

障害者にとってベストな社会っていうのは

いつまでたっても実現しないと思うんです。


「優生思想をどうにかする」っていうのはつまり、

障害者をかわいそうに思って慈悲をかけるんじゃなくて

障害もひとつの個性と考えて多様性を肯定していくことで、

そうすることによって障害者が劣った存在ではないっていう意識が

共有される文化を形成することも可能になるんじゃないかと。


むかし、障害者についていろいろ考えていた時に

そういった結論に至ったことが。


まあ所詮は理想論ですが・・


※ 優生思想:

「障害の有無や人種等を基準に人の優劣を定め、

優秀なものにのみ存在価値を認める」という思想


今回の記事は障害者を身内に持つものとして

色々な人に色々な形で考えてもらえたらと思って

書いてみました。


今回の真面目更新は謝りません!(T_T)/~~~


今日は2月の試験終了日以来久しぶりの完全休日、

勉強も運動も一切しないと決めているので、

たぶんあと2つ記事更新します(´゚д゚`)・・


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居ないと思うけど居たらすみません_:(´ཀ`」 ∠):_