Festina Lente -24ページ目

Festina Lente

*悠々として急げ*

えらく間があいてしまいましたが、

前回記事<神の領域(上)> の続きを。


需要がなくても書くって断言していたので、

有言実行ってことで_:(´ཀ`」 ∠):_笑


あとは直前記事からそう遠くない問題だし、

流れも(勝手な判断ですが←笑)良いかなと。


ってことで、

記憶喚起のため少し巻き戻してみると・・


そもそもの問題提起として

クローニング、つまりクローン人間の作出っていうのは

何のために行われているのかっていうことを

考えていたはずなんですが


これを


(1) 手段としてのクローニング

(2) クローン人間としてのクローニング 


という2つのシーンに分けて分析しました。


(上)では、(1)のクローニングは人間を手段として考えて

臓器バンク目的でクローニングを行おうとしているんだから、

これはあかんやろと。


そういう感じで記事を書いたはず。


(下)では専ら(2)の「クローン人間としてのクローニング」に

焦点をあてたいと思います。


上からの流れで考えると、

クローン人間としてのクローニングっていうのは

そんなに悪いことなのか?

ってところが出発点になりますよね。


別に人間を手段として使おうというわけではないし、

人間として認める側面も少なからずある。


じゃあ何故、

世界的にクローン人間に対する風当たりが強くなっているのか?

法的規制まで設けて禁止されているのはなぜなのか?


今言われている理由づけとして

大々的に発表されているのは、


(A) クローン人間は通常より短命

(B) クローン人間は遺伝子の問題で病気や障害に弱い

(C) 死産する可能性が非常に高い などということ。


技術的に安全性が担保できないクローニングを

行うことは許されないということでしょう。


じゃあってことで、

このような意見に反駁を加えてみます。


まず、一つ言えることは

「医療業界自体が確率の世界なんだから、

絶対安全などという理想を追い求めること自体

ナンセンスなんじゃないか?」ってこと。


現実に成功確率が極めて低い手術が

法的規制を受けているかといわれたら

そうではないですよね。


それなのになぜクローン人間だけが

技術的な理由で反対されるのか・・。


あとは、クローン人間作出が禁止されるにしても

その主体は誰か?ということ。


公的な保険など一切使わず、国に頼ることなく

自らの資産でクローニングを行う場合

他人に迷惑をかけるわけでもない当該行為を

安全ではないからという理由で誰が禁止することができるのか?


たとえば、先天異常を持って生まれる可能性がある胎児を

身ごもっている女性がいたとして、これを他人が

「あなたの子供はひどい障害を持って生まれる可能性があるから

禁止します」ということができるのか?ということと同じですよね。


このようなことは個人の自己決定に依存する領域のもので、

どんな技術を使って子どもを産むかも

本来的に個人の問題なんですから。


まあ日本では代理母出産の自主規制など

色々と問題もありますが。


ということで、技術的な問題だという理由づけは

非常にパターナリスティックな側面、つまり

余計なお世話だよ!的な側面を多分に持つものであり

とても正当化できないように思えます。


じゃあ・・

他にクローン人間そのものに反対する理由があるのか?


ここで出てくるのが、

待ってました!「自然」という概念。


「クローン人間は自然に反している!神への冒涜だ!」

的な理由づけです。


┐(´ー`)┌


この点についてまず言えるのは

「自然=良いこと」っていうのは

いったい誰が決めたんでしょうか?ってこと。


これは20世紀初頭にG・E・ムーアというイギリスの哲学者が提唱し、

メタ倫理学(倫理学の中でも「善」とは何かという問題を考える分野)の

研究対象とされた 「自然主義的誤謬」 という問題とも直結する問題で・・


ちょっとここらへん議論が込入ってきますね(´・ω・`)


結局、「自然=良い」ということは必ずしも言えない、

「事実」から「価値」は出てこないということです。


あとはそもそもの問題として、

「自然」ってなんですかと。


曖昧すぎて分からんっていうのが正直なところで、

たとえばー。


体外受精で考えた場合ですね、

男性女性のかかわりがあるという点では

「自然」っていえるかもしれないけど、

体外で人工授精するという点では「不自然」ってことになるかも。


要は自然かどうかっていうのは線引きの問題で、

いったいどこが「自然」といえるのかは

正直はっきりしないといえますよね。


この点についていえば、

世界的にクローン人間というものについて

様々な議論が交わされているのは確かなんですが・・


いくら頭のいい人たちが集まって議論しても


「安全性という理由を除いてしまうと、

これを禁止する理由は見当たらない」


というところに到達してしまうそうで、

現実的にクローン人間としてのクローニング禁止を

正当化することは不可能に近いんです。


じゃあってことで、

ここからが勘繰った意見。


なんでクローン人間が禁止されているのか?

世界的な大批判にさらされ、

法的規制まで受けている本当の理由は何か?


それは結局、

「保守層による男性中心主義の維持」

にあるんじゃないかと。


有史以前の社会というのは

「女性中心主義」というのが一般的で、

男性中心主義っていうのは、その後

たとえば日本においては約2000年の歳月をかけて

作り上げられていったのですが・・


クローン人間作出に当たって

男性は必ずしも必要ではなく

(女性の卵子と体細胞があればよい)

男性は偶然的な存在にすぎないこととなってしまいます。


これはつまり保守層にとって、

特に男性中心主義社会に固執する人間にとっては

大惨事といえるんじゃないでしょうか。


その終焉をなんとか阻止しようとしてるのでは

・・・と思うんです。


結論あっさり。


まああくまで想像の域を出ない

稚拙な論理ではありますが、

なんとなく的を射ているようにも思えたり。。笑


長々と文章を書きましたが、

本を読むことのひとつの利点って

こういうところにあると思うわけで・・


ただ文字を追うだけではなく

本で題材として取り上げられてる論点から

広げて広げて物事を考えることで

知識を深く広いものにしていきたいなと(´・ω・`)


めんどくさいヤツ_:(´ཀ`」 ∠):_笑