わたしにとっての懐メロ。 | 雪のち流星ときどき花火

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腎不全【血液透析3回/週】と脳出血による左片麻痺・心筋梗塞2回と左脚切断を抱きながら、独り身をエンジョイしていつつも、ぼちぼち寂しくなってきたアラフィフのおっさんが日々の載せたい・体調諸々と←つまり何でも良い(^_^;)を気まぐれにアップするブログです。

わたくしにとって、懐メロとはなんだろう? そんな風に考えることが最近多くなってきた。
まだ多分ヨチヨチ歩きをし始めた頃、叔母の家の引っ越しの手伝いに家の家族もかり出されたことがあった。
そのときのことを時折母は言うのである。小さな小さなその頃のぼくが窓の所から顔を出して唄っていた歌があるのだと。
その曲とはなんと、「恋の奴隷」なのである。事実上のわたくしの人前歌唱デビュー曲?というところか・・・
窓に向かって知らない通りすがりのおばちゃんたち(多分今の私から見ればステキな奥様かもしれない)から「ボク!お唄上手ねぇ」とか言われてたとか言われてないとか・・・
「恋の奴隷」のサビの部分である♪あなた好みのあなた好みの・・・♪のところを
♪アナタモノミノ アナタモノミノ・・・♪と唄っていたらしい。自分のことながらかわゆいなと思ったりする。

その後、腎不全という子供には高~いハードルを迎えることになるのだが、その前段の検査入院の際に嵌っちまったのが、
「トルコ行進曲」(モーツァルトのやつ)なのであった。子供病院のプレイルームとかいうところにあったカセットで一日中飽かずに聞いていた。これは小学校3年生の頃であったから自分の中にもちゃんと記憶として残っている。

その後は人並みに「およげ!たいやきくん」とか「東村山音頭」などに嵌り、マセっ気が出てきた小学校高学年の頃にはキャンディーズに夢中になったりした。

どのみち変わったガキであったことは言うまでも無かろう。

先だってそれ(「トルコ行為新曲」)のことを思い出し、なんとかネット上から探し出し、久しぶりに聞いてみた。当時のことが思い起こされ泣きそうになった。
その頃はまだ「ぼくは一体どうなっちゃうの?」というものすごく不安な時期であったから。親が面会にきて帰りしなにはいつもトイレにこもって泣きじゃくっていた。。。寂しさからが少しと意味のわからないテメェのおかれた状況への不安がいっぱいとで泣いていたのだと思う。多分・・・

いつもトルコ行進曲のメロディにふれると目ン玉の周りが暑~くなるのはきっとそんな幼少時の体験のせいだと思う。

だけど、久しぶりにアノ時と同じピアノのみのトルコ行進曲にまた出会えて良かった。

無くしてしまったと思っていた自分の本来の強さがアノ頃は確実にあったと思えたから・・・