それが思い出すきっかけ。
子供の時から憧れた。母の美容室に働いているインターンのお姉さんも素敵なピアスをしていた。
道ですれ違うアメリカンスクールのこもドイツスクールのこ達も子供なのにしている。
何で日本のガッコはダメなんだろう。
母のお客様もおしゃれなマダムはピアス、、、、もうピアスばっかり、目についてしまってた。
結局、高校を出て美容学校に行く頃に、とうとう、消しゴムと畳針があったので店の消毒薬を失敬して プスっとな。 完成〜💕 嬉しかった。ヤッタ
白い糸が出て失明するとかなんとか、、、全然。みえてる🤭 次の日ぐらいまで痛かったような?もう遠〜い記憶です。
私は両方に一つで充分。ピアス病は治まった。
だって、かじられたようなお耳のお友達から2つ目を失敗したと悲惨なお話を聞いてしまったから。
ロンドンのホームステイ先のお孫が生まれて、ベイビージーナは洗礼式の数日後、赤子なのに、ピアスしてた。
もう少し大きくなってからするとかえって痛み痒みを気にして化膿させてはいけないからと、教えてくれた。国が変わればこうも違う。
そういえば、ロンドンで遊学中、ヘンドリックがイケたタトゥを入れてきた。ケルトかな?模様だった。
⁉️ いーなぁ。タトゥー病になった。
今まで銭湯で子供の頃見た、オッサンの背中に滲んでる太った跳ねた黒い鯉や指に滲んだ黒い指輪線や綺麗な色の観音様とは訳が違う。
イケてるのがしたい。
でもなぁ〜。日本は当時たくさんの入れ墨出禁があるしなぁ〜。
そこでチキンな自分は腕の下に隠れるところに遊学1年記念として 企んだ。
どこにしようかなぁ〜。と思っていたら、ハロッズの近くの美容室でお勉強してた時のレセプショニストが教えてくれた。
ソーホーの一つ裏にある入れ墨屋のスティーブがいい、とカードをくれた。何でも彫り上手なんだと。
そそくさと、ソーホーに行ってきた。時々歌姫ビョークを見かけた洋服屋の近く2階に上がり壁一面の下絵。雑多に置かれたファイルには、秘密の場所の下絵まであるではないの。え?ええっ!?
くらっと、、、、一瞬、キョロちゃんしてしまった。
『初めてです〜、知り合いに教わってスティーブにしてほしいのです。』なんてことを言って、なんか、紙を渡され住所とか名前とか他にも書き込んだような。
記入して、『どんなんするんだぃ。』と聞かれ、これ🪽🐴🪽ペガサスの羽根を広げた模様チックなほんの5センチ四方の小さなものをお願いした。
スティーブに小部屋に案内されて、消毒して、手袋して、下絵を用意し、位置確認、絵柄の調整して、小箱からインクを装着して刃先は消毒器から取り出し消毒してからの、うい~んと機械ぼり。
肝炎なんか移されたらたまらん。感染症対策の徹底ぶりに安心した。
エイズやら狂牛病でワチャワチャの時代で衛生面はちゃんとしていた。
ものの、1時間もせず完成。
施術中、他所の部屋から、どうやら男の人の悶絶の声が聞こえてきて、そりゃ〜痛いの覚悟して入れるんでしょうから、それを思うと可笑しくて、笑いをこらえてた。
その後、結構1センチぐらいの厚さのバンソコウを貼られ、ケアを教わり、人によっては熱が出るとか言われたけれど、何事もなく1週間でもう普通になった。
ヤッタ 嬉しかった。
今になっては、小さくて良かった。
私、癌でしょう,インクが時にCTやらの画像診断に影響することがあるらしい。
別にDrに言われたことないけれど、小さくて、どってことないからセーフなのかしら?
若者は時に馬鹿者で、やらかしあり、のやんちゃさんでございました。
BBAの現在、アナ、悲しや。滲んで、今では羽根を広げたお馬が花の様になっちゃった。ペガサスなんて言わなきゃわからなくなってしまった。所詮、機械彫りは和彫りのホンマモンの手彫り職人のマジものには敵わないことを帰国して数年後に知るのでした。でも、ぼやけた花でも満足
今、の彫師は進化したのかな?
きっとこの先、長生きしたとしてLowBAに私が達成したとしたらきっとその頃にはペガサスはぼやけすぎて紫斑になることでしょう😁
やんちゃも今ではいい思い出でございます。
