ン十年もむかーしのお話です。
母は先輩から引き継ぎ独身時代から美容室を経営していた。
数年ごとに大家さんとの家賃のお話がくる。チビの時から両親の憂うつは見てきた。
ある日知ってしまった。表面の家賃と裏の家賃があったことを。
その後、時代は流れて間に不動産屋さんなる仲介業者が入ってきた。
その頃から周りで、母の頃にはなかった、賃貸物件が出ているようになってきた。喫茶店、雑貨屋さん、ケーキ屋さん等など。ソイツが関わっていた物件がいくつかあるのは知っていた。
その頃から、ソイツは『周りがそうですから○割は上げてもらわないと、、、、。』『印鑑ついてもらわないと困りますよ。』と母に詰め寄っていた。
母は父に相談していたが、『お前の店だから』と、いい意味、悪い意味でうやむやだった。母はその度に、嫌だ嫌だ、交渉するのが本当に逃げ出したい。と、何度もきいていた。その時も三十路過ぎの私にこぼしてた。
ある日、ひょんなことから近隣の値段を知ってしまった私。そして、まちの噂が流れてきた。ソイツが銀座でオネーチャンをはべらかしている。と。お客様商売だったのでソイツの他の悪行も聞いていたが、、、、、。簡単に噂は流れてきた。ちゃんとした嗜みで遊ぶのは理解できるが、、、そんな噂に苛ついた私だった。
で、次の家賃の交渉の時にカセットテープ忍ばせて、母に書いてもらった委任状を持って交渉に行った。
『ほほぅ、今回は、娘さん?、』『はい。母から頼まれました。これが委任状です。なのでかわりです。』いやそーな、お顔をされた。
そういえば、小学生の低学年チビの頃、ソイツに『仕事場をうろつくな』となぜか、言われた事もあった。←今なら理解できる。自分が悪かったのだろう。
『では、委任状をコピーして大家さんにお知らせしないとですね。』 で、家賃の話が始まった。
駅前の一等地の家賃よりも坪単価はだいぶ高いのがすでに調べていた、また、並びの店舗も、統計庁の物価高騰率、公団の値上げ率、教職員の値上げ率、地価、そんなところからも○割で値上げされるのはどう考えても異常だった。
母と同じく、『周りがそうだから•借りているのだから印鑑をついてもらわないと。』と、ソイツの店の商談エリアで凄まれた。
ただ、私は母とは違う。『周りって、どこです?証拠を見せて。なんで○割の値上げの理由は納得できなきゃ、判子はつけない。』
たぶんソイツは当時50代後半だったと思う。銀座クラブ活動に行くぐらいなのでご立派なご体格と高級なお召し物ピカピカなお靴にキンキン時計。
でも、ソイツだけが悪いんじゃない。裏がいる。長年の母の恨みここには書けないこともたくさんあって、、、、。
確かその時は『話わからないなら、供託しましょう、今度は私ではなく、弁護士さんかな。』だったと思う。
色々あって、○年?▲▲して で、 ▲▲解決しました。
結構、お金も戻ってきたし、私たちのお店を閉じるまでピタッと嫌がらせもなく、快適に営業ができた。本当に母は我慢をしていた、知ってるのは私と父だけ。■決が出るまでの霞が関通いも■決が出るまでの待ち時間も、今までの嫌な時期に比べると快適だった。その時の弁護士先生には感謝でいっぱいです。
その後、だい〜ぶ、経ってソイツに母がばったり街角で会った。見る影もなくげっそりして、○げ散らかして別人だったと。そして同じ頃、元大家さんも黄色くなって旅立ってた事を知った。
ソイツは脳梗塞して、、店を畳んでたと。
本当に嫌な人達 だった。
母は晩年、あんたが、私たちが、あんな▲▲やれるなんて思ってもみなかったよ、と。でも、母の長年の大我慢があったからこそ、できたことでございました。
