「魔物は退却するということを知らないから助かる」
ランセルはそんなことを言いながら、いつの間にか通路に押し寄せるサソリの一番後方に姿を見せた。尾に毒を持つサソリを後から襲うのにはリスクがあり過ぎる。しかし、ランセルにはその攻撃を躱す自信があるのだろう。器用にサソリの後方から、その背に乗り、そして、剥き出しの首を短剣で斬っていく。サソリの背に乗ってはその部分を斬り、斬っては別のサソリの背に飛び乗るということを彼は繰り返した。
「あの男、バカなの」
アレジーの叫び声が聞こえた。サソリは退却はしない。しかし、後方に獲物がいると思えば反転はする。数匹のサソリに同時に襲われればいくらランセルが素早くても、その攻撃を躱しきれるものではない。しかも、ランセルの足場となっているのは無数のサソリの死体なのだ。二足動物には不安な足場、しかし、そんな足場でも六足のサソリはものともしない。ランセルには圧倒的に不利な条件なのだ。
「まだ、そんなにいたのか」
ランセルの悲痛な叫び。
その叫び声の中、晃は美しい光が自分の前を横切るのを見た。光の正体はアレジーだった。アレジーは通路の側壁を走っていたのだ。いくらエルフでもそんなことは出来るはずがない。正確には、側壁を利用しながらサソリの頭上を超えてはサソリの死体の上に降り、再び、側壁にもどるということを繰り返して、ランセルの方にと向かっていたのである。それが晃には波打って進む光のように見えたのである。
三匹のサソリが同時に正面からランセルに襲いかかろうとした瞬間、サソリの死体のないところに飛び降りたアレジーの弓から矢が放たれた。一匹のサソリが倒れる。残り一匹のサソリの毒の針をランセルはかろうじて短剣で躱した。しかし、さらに一匹いる。頭を下げているからアレジーの矢は急所を狙えない。アレジーは仕方なく毒の針を狙った。小さく、そして、動きの激しい的だ。アレジーはその動きを予測して矢を放った。
矢は当たったが、しかし、サソリの二度目の攻撃を防ぐことは出来ない。
ランセルが、これまでと諦めたところで、サソリが倒れた。晃の隣で弓を放ったのはロウガだった。それを確認した後、アレジーは次の矢でもう一匹のサソリの喉を射った。
「役にたてなくてゴメンナサイ。獣を抑えるのに必死だったんです」
ロウガが叫びながら、矢を放つ。まだ、数匹のサソリが残っていたからだ。しかし、残りのサソリを全て倒すのには、そう時間はかからなかった。
「いや、いい活躍だったよ。数を間違えた。オレこそ、迷惑をかけた」
ランセルが顔を青褪めさせたまま言った。