一国主義は? 前編
● 一国主義は? 前編
前回お話しした事に関連する事ですが、ひとつの国(あるいは地方)に偏った英語だけに的を絞らないことが大切です。
例えば、英語発祥の地であるイギリス英語だけを覚えようとしたら?
確かに、北米の英語には無い響きがあって何となくカッコ良いと感じる方もおられるかもしれません。
しかし残念ながらそれは、あまり利益の多い事とは言えません。
仮にクイーンズ・イングリッシュだけを集中して勉強したとしましょう。一生懸命イギリスから来た先生の発音に耳を慣らす努力をしています。そしてイギリス英語を話せるようになりました!!
で、どうするんですか?
誰かに「私の英語はクイーンズなの!」と言いたいのですか?
それだけを言うためにイギリス英語を習得したのですか?
そして「イギリス英語を使う人」とイギリス英語で話す事によるメリットは全くありません。
その「イギリス英語を使う人」にとっては、語学習得の話でもない限り、カナダ英語でもニュージーランド英語でも全く問題ないからです。
どこの地域の英語だろうが、会話が成り立ちさえすれば問題ありません。確かに語学習得という話題の中においては、「イギリス英語“みたいな”発音をするけれど、この人はイギリスで英語を学んだのかな?」という風に感じてもらえる事でしょう。
しかし、どんなに訓練してもネイティブ・スピーカーと全く同じ様に話すのは不可能です。たとえ科学的な調査で「音的に同一」と判断されたとしても、「イギリス英語を使う人」が相手(あなた)を外国人と捉えている限り、その人にとっては、外国人の話す英語という認識以上にはなり得ません。そういう意味での「不可能」です。
特定地域の英語を使う必要性。
それは、その地域に定住する時だけだと思っています。
「郷に入っては郷に従え」的な発想です。
私は逆にデメリットの方が多いのではないかと思っています。
たとえば、皆さんにも経験があると思いますが、関西以外の人が関西弁を話すのを聞いた事があると思います。
どんな印象を持ちましたか?
良いイメージを持ちましたか?
極端に悪いイメージを持った方はあまりいないと思いますが、「何で関西出身でもない人が関西弁を話すの?変なの・・・。」って思いませんでしたか?
私の出身地にも方言があります。
こんなに狭い国なのにホントに様々な地方言葉が存在し、そしてそれは地域の文化に非常に密接につながっています。
文化そのものと言っても良いでしょう。
故郷の生んだ素晴らしい言葉。
それを押し殺して標準語を使うのならまだしも、
わざわざ関西弁を使う理由は何でしょうか?
私も東京出身の人に方言をからかわれて、かなりイヤな思いをした事があります。今となっては、そういう事でしか優位性を見出せない可愛そうな人だったと思えるようになりましたが、当時はホントに気分を害しました。
ですので自分をそのような小さな人たちから護るために標準語を使う理由は分かります。
もし特定の国や地域独自の英語を学びたいと思ったとき、この事を是非、思い出してみてください。