【7】

南米先住民・インディオの血を引く混血の彼は、軍隊に入隊していた経験を持っているだけあって、穏やかな表情の中にも、心身共に鍛え上げられた屈強さを秘めているのが明らかに窺える。
彼と教授は、以前に一度、アメリカで一緒に仕事をしたことがあるという。
久しぶりの再会に喜びを分かち合うふたりは、戦友同士といったようにも見えるが、彼の態度からは、教授に対してリスペクトの精神を持って接していることがよく分かる。
「ナオキ、通訳兼ボディーガードのジョサフィンです」と教授は、僕に紹介した。
その溌剌とした風情は、決して42歳には見えない。
「ムーチョ・グスト(はじめまして)、アミーゴ」」
握手を交わしたその手はとても分厚く、彼が腕っ節の強い、頼り甲斐のあるタフガイだという事を僕に感じさせるには充分であった。
合流後、『アミーゴ』でお茶なんかよりもアルコールを!という事になり、我々は、空港近くのホテルへ向かい、チェックインを済ませると、ジョサフィンに誘導されて夕食に出掛けた。
そこはスペイン料理の店。
ジョサフィンの「サルー!(スペイン語で乾杯の意)」という野太い声で、ビール瓶を合わせて今回の冒険の成功を祈る。
冷えたセルベージャ(ポルトガル語でビールの意)が、みんなの渇いた喉を唸らせた。
教授は「ふぅー」と吐く息に安堵をこもらせて、髭を湿らせる。
こうして新たにひとり助っ人が加わったことで、大袈裟ではあるが、徐々に隊を成していく感じが一層冒険心を刺激する。
教授は、終始興奮した面持ちで、明日からのプランやフィールドワークのビジョンを彼と打ち合わせしながら、一生懸命に髭を動かしてディナーを愉しんでいる。
ガスパチョ(冷たいスープ)、アロスネグロ(イカ墨を使ったパエリア)、エンサラダ・ミクスタ(ミックスサラダ)、ピンチョス(小さくカットしたパンの上に生ハム、チーズ、オイルサーディンなどを乗せて爪楊枝で刺してある)、チキンのチリンドロン(鶏肉のピリ辛煮)、
コルデロ・レチャル(仔羊の炭火焼)…。
ジョサフィンおすすめのメニューに、これでもかと舌鼓を打ちながら、「セルベージャは、いいもんじゃ」と教授はおどけながら南米調の軽口を叩いてみせる。
どの料理も実に美味しく、雰囲気も申し分のない、このような店をセレクトしたジョサフィンのセンスを見た気がした。
デザートのクレマカタラーナ(クリームブリュレのようなスイーツ)とコーヒーのセットで食欲に終止符が打たれ、腹をさすりながらまったりしていると、いわゆる "宴もたけなわですが ”のタイミングで、ジョサフィンが明日からの行程を説明し、最後にこう締めくくった。
「ということで今夜は、ホテルでbath & bedを充分に楽しみましょう」
要するに、明日から2週間、あたたかい風呂も清潔なベッドもお預けになるということだ。
文明的な眼前の光景とは対極の世界へ、明日から挑む準備は出来ているかという、『確認』のニュアンスも彼の表情からは感じ取れた。
教授は「最後の晩餐ですな」と自虐風に言い放ち、グイッとビールを飲み干すと、「ナオキ、楽しみましょう。心を解放してアドベンチャーを楽しむのです。さぁ、いざ出航!」とつけ加えて、空になったビール瓶の飲み口に唇を押し当てると「ブゥォーン」と吹いてみせた。
壁にかかった時計は、ちょうど23時になろうとしている。
「アスタ マニャーナ(また明日)、アミーゴス!」
ジョサフィンの発声に同調して、僕らもそれにつづいた。
店を出ると南米特有の生暖かく、野性味のある風が肌を撫でる。
僕は大きく深呼吸をして、ベネズエラの夜風を何度も吸い込むのであった。