季語「馬酔木の花」についてはこちら

 

(20260311東淵江庭園/アシビ)

 

郷土資料館前の土佐水木はまだ花数が少ない。

例年この時期には咲き揃っているのだが。

今年は意外と春の歩みが遅いらしい。

季語「料峭(りょうしょう)」についてはこちら

 

(20260305新荒川大橋より)

 

画面左側(南西側)には富士山もうっすらと見えた。

 

新荒川大橋の川口側の袂には、

川口市立南中学校の校舎が

ちゃうどこの夕景に対するように建っていて、

西日を受けた窓々が煌めいていた。

このやうな風景を窓外に見ながら学べる子供たちは、

感情豊かな人間に成長するのではないか。

 

 

第三句集『麓の人』所収。

『麓の人』には1959年春から1965年晩夏まで(龍太39歳から45歳まで)の作品が収められている。

1965年(45歳)作。

季語「余寒(よかん)」についてはこちら

 

「月明に」の「に」は“にも”のニュアンスだろう。

仄かな月明かりでもそれとわかるくらいに、萌え出た草の緑が濃くなったということ。

とはいえまだ「余寒」の時節なので地を覆うほどではなく、その微妙な塩梅を平仮名表記の「みどり」が表現している。

「子」はこの年2月5歳になった三女由美子か。

「みどり」を見た目を傍らにいる(おそらくは手をつないでいる)「子」に移し、まだ残る寒さのなか成長してゆく草の芽と同じ生命力を、我が子にも見てとったに違いない。

「子」に向けられたその眼差しのあたたかさにこそ、春の季感があるように思われる。