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季語「料峭(りょうしょう)」についてはこちら。
(20260305新荒川大橋より)
画面左側(南西側)には富士山もうっすらと見えた。
新荒川大橋の川口側の袂には、
川口市立南中学校の校舎が
ちゃうどこの夕景に対するように建っていて、
西日を受けた窓々が煌めいていた。
このやうな風景を窓外に見ながら学べる子供たちは、
感情豊かな人間に成長するのではないか。
第三句集『麓の人』所収。
『麓の人』には1959年春から1965年晩夏まで(龍太39歳から45歳まで)の作品が収められている。
1965年(45歳)作。
季語「余寒(よかん)」についてはこちら。
「月明に」の「に」は“にも”のニュアンスだろう。
仄かな月明かりでもそれとわかるくらいに、萌え出た草の緑が濃くなったということ。
とはいえまだ「余寒」の時節なので地を覆うほどではなく、その微妙な塩梅を平仮名表記の「みどり」が表現している。
「子」はこの年2月5歳になった三女由美子か。
「みどり」を見た目を傍らにいる(おそらくは手をつないでいる)「子」に移し 、まだ残る寒さのなか成長してゆく草の芽と同じ生命力を、我が子にも見てとったに違いない。
「子」に向けられたその眼差しのあたたかさにこそ、春の季感があるように思われる。









