アメリカンロードナラティブとはどのように一世を風靡し、今も様々な作品が人気を誇りつづけている理由となったのか。フロンティアイデオロギーの拡大という観点からカウンターカルチャーの表現という観点まで、広い幅での角度から考察すると、アメリカの文化の中でロードナラティブというジャンルはみるみるうちに人々に親しまれ、ひとつの人気な分類として確立を果たしている。 一般的にマジョリティとなっている層、またオルタナティブな層でも、ロードナラティブは、物語の中で心理学や性の考え方がどのように社会や経済に影響を与えていくかを踏まえた上で、人々の広大な移動の範囲を可能にしていくために、旅をする人々によって見せられる地理学的な自由度を強く伝えていく代表的なジャンルとなっている。

ではアメリカンロードナラティブとはどのような作品になっているのか。まずロードナラティブには必要不可欠もされる要素がいくつかある。まず、 ロード、またはロードというアイデアが必ず説話、語り口で伝えられることが原則となる。またその説話に登場してくる人物達は必ず旅に出ている必要がある。ただし、その人物が過剰に泥酔をしていたり、死に至る場合は除く。そしてその人物達が心に描く冒険や気持ちの変化、また物事の発展を彼らが実際に出ている旅路や身の回りに起こる出来事とリンクさせて、興味深い心と旅の関係性を作り出す。さらに登場人物や語り手は、旅にでる上で、すでに常識的に構築された世間の規則やライフスタイル、また突きつけられる現実から逃避をしたいという強い熱望を抱いていて、このロードナラティブはつねに、曖昧で強い意志を損ねている希望や願いには終止符を打つべきだという考えを作品を見る人々に伝えている。そして登場人物の台詞や行動が彼らが逃避や反抗心を抱く対象に対して、伝えたいことを明確にしている。

アメリカンロードナラティブでは、旅にでる登場人物が常に野心を抱き、心理的、身体的に冒険をする中で、ゲイやレズビアンなど、現代社会よりも受け入れられることが困難な社会で、自らにオープンマインドで素直に向き合う姿、現実から逃げることで新たに見つかる彼らの人生などを友情、恋愛、葛藤などいくつもの変化を通してうかがうことができる。また多大な時間を要する長旅となるロードトリップと上記のような複雑に入り組んだ心情や自分と向き合う重要な時間に関係性を持たせることによって、さらに壮大感が増し、物語に抑揚がつくことで、登場人物のさらけ出した葛藤や感情に共感を覚える若者や読者、視聴者が増えたために、人気ジャンルのひとつになったと考えることができる。
今回授業で扱った章は、新しい言語の発見や誕生など、前期の授業で取り扱ったイギリス英語とアメリカ英語の分岐よりもまえの段階に焦点をあてています。
まず、初めに英語がどのように誕生したかです。近代英語の歴史上の世界的勝利は16世紀あたりに起こっていて、小さな植民地からその傾向がみられます。しかしそれぞれの植民地ではスペイン人の到達などにより、さまざまな国の言葉が根付き始めていて、英語が優勢的な言語になる保証はどこにもありませんでした。
つづいて書かれているのは植民地開拓の危険さや、植民者たちの強さです。初期の英語を話す人たちはプリマスの陸地上陸よりも前にアメリカに上陸していました。ローリーはロアノクに失われた植民地と言われる短命であった植民地をつくり、そこには不可解な跡が残されました。兎に角、植民地を開拓することは危険であり、その多くが亡くなりました。しかし彼らはピルグリムによる宗教の自由への願望にまどわされないほどに勇敢な探検家でありました。
新世界は優勢的な言語を手に入れるかに精通してるわけではありませんでした。ピルグリム率いるメイフラワーの入植者たちは漁師たちから習得したであろう英語をすでに知っているネイティブアメリカンたちと出逢おうとしていたとこが次の段落に書かれています。またその年に2人の植民地のトップによって書かれた本に見られるように、宗教分離派の人が使っていた言語のスタイルはピューリタンの影響でした。そして次に言語的な面に着目しながら、細かい例を出して、その当時のアメリカ英語がどのように使用されていたが書かれていまふ。ここが前期に学んだイギリス英語へとなっていくものなどの例と連想して考えることができました。
そして入植者たちがどのように彼らの言葉を手に入れたかに焦点があてられます。まず彼らは知られていない鳥や名もない動植物などに新しい言葉として表せるように名前をつけることを要求します。そこで移民によって追い出された部族やネイティブのひとたちに使用されていた既存の言葉に適応しました。しかし、アルゴンギン語として知られていたそれらは移民にとってむずかしく、かなり簡単に変えられて使われました。このように移民たちは独自の言葉をもちました。またジェームスタウンの指導者であったジョンスミスは現地の言葉をかきのこしました。その当時のネイティブアメリカンの評論家によると、ヨーロッパの入植者たちは純粋な民主制度をほとんど経験せずに政府の機関にネイティブの形を探すように要求されていたのではないかと考察していました。
後期のプリントでは、植民地を中心にして英語の歴史を読み解いていきましたが、もともとあるものから誰にでも話しやすいように形を変え、入植者たちがどんどん開拓を進める中で優勢的な言語になっていくスタートを切ったのではないかと思いました。この授業を受けて、アメリカ英語、イギリス英語、またオーストラリア英語の違いなどに関心をもつことができました。