森羅万象の力、計り知れない思いやりの力 | かんがえる蛙

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いろいろカンガエル日々のブログ。

私は特定の何かに傾倒したりしたことは過去に一度もない。自分のすべては自分がどうするかで決まると思う。かといって自信満々というわけではない。先日も関与先の某責任者と1時間ほど話す中で「いつも同じように見えます」と言われたのだが、上がったり下がったりはやはりあるものです。

昔、ひたすら歩き続けて営業をしていたころは、地図上の神社を見つけては「拠点」にしていた。初日にこの地区で仕事する旨、お参りしてスタート。昼時には軒下を借りてパンを食べたりしていた。お金の全くない頃は水飲み場として利用させてもらった。神主さんに声をかけられることもしばしばだったが、今となってはよい思い出。契約がとれればもちろん謝意を伝えに手をあわせた。

ローカル地区に行くとこの拠点たる拠り所に困った。つまりは活動するにおいて何か止まり木みたいなものが欲しかったのである。そこで海際では絶好の景色を選びだして日中、夕方、夜と眺めたり波の音を聞いた。

愛媛県には「海」がある。
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この海も、東予地域と中予地域、南予地域と表情が違う。印象的なのは旧南宇和郡、現愛南町のとあるリアス式海岸。ひたすら海沿いを歩き、集落から集落へと移動したものだ。ちなみに画像は北条某所。


寄せては返す。
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仕事で辛いことがあっても・・というか、毎日がその辛さとの戦いで、いかにして捉え方を変えて明日の希望にするかに注力していたと思う。どんなときも不思議と絶望はなかった。仲間に恵まれたり、お客さんに助けられたりはあったが、今思うと一番は土地土地の優しい自然がくれた力だったかもしれない。

碧くて透明で・・
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この時期になると思いだす事がある。

社会人初年度、旧北宇和郡某所を担当になった時のこと。出張で1週間営業する中、既に夏の気温で毎日が辛かった。上司率いる営業部隊で来る日も来る日も長時間営業活動していた。厳しい朝礼を朝行い、夜ごはんもそこそこで今日の活動のチェックや明日の準備等、一体いつになったら気が休まるのか・・といった状態だった。

その日はちょうど誕生日で、昼間にまったく対象に会えない地獄のような日だった。しかし、どんなに苦しくても「現地の人に挨拶をする」という行動指針をずっと守り続けた。すると日も傾きだした夕方、自販機もないようなところで完全に渇いていた私に、「あんたちょっと来なさい」と旧家から手招きするおばちゃんが。ふらつきながら入ると、田舎独特の土間のある涼しい玄関で、冷えて水滴の付いた農協のミカンジュースの瓶とコップが用意されていた。「こんな暑い中何も飲まんと仕事してたら倒れるよ。お飲みや。」このおばちゃん、午前中に2キロほど離れたところで農作業をしていたおばちゃんである。確かに挨拶した。遠慮なくビンの半分くらいを飲み干すと「生き返りました。ありがとうございます。」とお礼。少し雑談をしてまた営業活動に戻った。

その後に一軒の契約がとれて旅館へ戻る。いつものように夕食をかきこみ、またいやなミーティングか・・・と思っていると「今日は誕生日だな!」と責任者。ケーキ屋なんか一軒もないところで結構探し回って手に入れた、異様に甘いあんこがこれでもかと入ったあんこのタルトでお祝いをしてくれた。今までで一番印象的と言ってもいい23歳の誕生日だった。そしてたった9カ月だったがこの上司の優しさは今の自分にも多大な影響を及ぼしている。

お世話になった人に直接返す事はもはや不可能だ。このように得てきた膨大な学びをどのように関わる人たちに還元し、活かす事ができるか。そんなことばかりを考えるようになってきた。

そんなことを考えてもいい年齢だ。