見えるものと見えないもの | かんがえる蛙

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先日色々情報交換をしていて、ふと思ったことがあります。この時期、新卒の採用に関して策を練ったりするのですがその根本と言えば根本なことです。

それは、「判断基準はまず見えるものから」ということです。これは学生・企業双方に言えると思います。

例えば学生側。企業選びの基準は、「社名をCMなどで聞いたことがある」「(親を含めた)知り合いが薦める」「そこの商品を使ったことがある」「何をやっているか具体的に知らないが大手である」つまり、現状イメージの付きやすい業種・職種の中から、知名度で選んでいることが殆どではないでしょうか?つまり四大生だと20年そこそこの人生生活の中で知り得る情報の中から選ぶ。その知り得る情報とは、意識して行動しない限り非常に限定的であるということ。

平たくうちのこども(3歳)で例えると、「おおきくなったらなにになりたいですか?」の質問に、しばらく考えて「けーきやさん」とか「かしゅ」とか「きゅあめろでぃ」と言うのですが、それは3年間の人生の中で「見聞きしたもの」。もちろんまだ将来どんな職業に就きたいかなどとは本気で考えているわけではないので、本当の日常の自然な状態で「知った情報」をもとに答えてきます。

では、「将来どんな職業に就きたいかなどとは本気で考え」るのは一体どの時期が妥当なのでしょうか?個人差はあると思うのですが、多くの学生の方は大手就職媒体の情報公開がなされる「3回生」の時期ではないでしょうか?辛辣なことを言うと、3歳児の「きゅあめろでぃになりたいです」と「(大手)○○銀行志望です」は同列に聞こえることがあります。関与先役員の方の言葉で言うと「浅い」ことが益々就職活動を厄介なものにしていく。うちの子がキュアメロディになれないのとほぼ同じ。コンピテンシーを問われる今の世の中、「将来どんな職業に就きたいかなどとは本気で考え」ることはとても大事。主体的に本人で行うことがもっとも重要ですが、その機会づくりを先輩たる大人がやらないと就職難民は増える一方だと思います。ましてや65歳定年が既定路線になるとなおさら。

学生の方々は、3回生で就職意識を突然持つのではなく、機会を求めて毎日を生きることが結局身を助けると言うことを理解していただきたいなあと思います。周りの意見は参考にしつつ、変な先入観は捨てて、自分は「何のためにどうしたいのか?」をちょっとずつでいいので考えながら生きていく事です。そうすることで物事対しての探究心や取り組みに対しての目的意識が出てくると思います。

応援してくれる人はたくさんいます。その助けをしっかり借りて社会人スタートまでの道のりを歩んでください!