日々、家事・育児・仕事が少し落ち着いてきたかに思えたその時、我が子が大ピンチを迎えたのです。
「おなか痛い、学校休みたい。」
数日休めばよくなるだろう。
最初は楽観的に捉えてた私。
でも何日経っても変わらない、いやこれは違う。何かが違う。
原因を聞いても答えても何も語らない次男。
思いもしなかった突然の不登校のはじまりは私には青天の霹靂。
外に原因を探しては試してみる。
本やYouTube、グーグル先生、思いきってスクールカウンセラーにも救いを求める。できうることはやってみる。
でもやればやるほど気持ちは遠ざかり、母親としてのやるせない思いで自分を責める日々。
何がいけなかったんだろう。
でも何かがいけなかったんだ。
私は母親になったのがそもそも間違ってたのかな。
イライラして笑顔も消える。
気がついたら涙が勝手に出る。
でもなんとかつらそうな息子をどうにかしてやりたいし、何より私をなんとかしたい。
「なんのためにこの仕事をしてるんだったっけ…?」
ジャージとピンクのエプロンをカバンに押し込み、電チャリで職場へ。そして悩むこと2ヶ月。
「我が子のそばにいたいので、保育士をやめたいです。」
そう園長先生に伝えた。
その瞬間、とにかくホッとし、そのまま仕事納め。
いろんな気持ちから解放される。
その後年明け退職までの3ヶ月、仕事は覚えていないくらい必死でした。
ラスト3ヶ月だからと頼まれたものは全力でやり、残業も全て受け、その場を去った。どうやって乗り切れたか覚えてないくらい忙しかったけれどもうできることはした。そんな思いしかない。
退職の花束を見ながら、やっとそばにいられる安心感と、20年間続けてきた意味をいいも悪いも噛みしめました。
でもね、あの頃の私に伝えたいことがあります。
こどもたちはどう感じたか、今どう思ってきたかはわかりません。
でも、精一杯悩み、考え、決断できた自分を、たった一人で抱えててまだインスタもしてなかったので誰にも相談できないままながらも一歩踏み出せた私。そこだけは誇りに思います。
正解か不正解か不登校は十人十色だし、仕事を続けながらという道もあるのでこれは人によるのですが
正直仕事をすることを生きがいに感じる私には腕をもがれたような絶望感もありました。
でも手放したことで、子どもたちが普通に学校に通えていたなら、私はあの時、占い師にはなっていなかったかもしれない。
いや、気づかぬままいるのでもっと怒りまくっててもしかしたら子どもたちの心にさらなる大きな傷を残していたかもしれない。
そんな決断を、そしてゆっくり時間をかけて本気で向き合う私を支えてくれた家族。
人生はねひとつじゃないよ、と身をもって教えてくれた次男と三男。
そんな危なっかしい母を優しくフォローしてくれる長男。
そのすべてが、今の私を作り、そして気づいたら生まれた日の星の使命として「伝える」が備わった力となってたことに気づいた今の私。
過去の経験を活かして進むことができる私は、改めて恵まれていると思いました。
いろんな事があるけれどどう捉えるかだと。
あるYouTubeで「サラリーマンがチョモランマに登るようなことをしてきた」と話す方がいました。
まさに私も同じ。畑違いの世界に飛び込み、未知の挑戦を続けているのです。
だからこそ、言いたい。
もしあなたが新しいことに挑戦したいけど、怖さや不安を感じているなら――
ちっちゃないっぽでいい。
今までできなかったことをやってみてください。
その一歩が自信になり、やがてあなたを変えてくれるから。
誰よりも怖がりで、石橋を叩いて壊す私が言うんだから間違いない。
私にもできたんだから、あなたにもできる。大丈夫。
#挑戦
#一歩の勇気
#tomotomocat
#母として
#占い師の道

