訪城記 Vol.6です。
今回は、名前を聞くと「あー、あれのね」となりますが、
実際には比較的マイナーなお城です。


■赤穂城 訪城日:2004年5月



はい、赤穂城です。忠臣蔵で有名な、赤穂です。
赤穂市は兵庫県の西端の市ですね。

今回、あまりにも記憶が曖昧なので、
地図で位置を確認してみました。
当時は、電車移動がメインだったので、赤穂線の播州赤穂駅から、
徒歩で赤穂城に行った…はずです。



徒歩、約20分。
うん、これくらいなら多分歩いています。


当時は、本当に単なる城好き…というよりも、
城巡りをしたいにわかだったので、事前知識もないまま訪れ、
ただ写真を撮っていました。
ポイントを抑えていないのはご容赦を…。



こちら本丸の表門。



お堀と石垣は現存とのことです。





これは多分、厩口門の内側…?



これは、櫓門の外側…かな。自信なし。

門は復元とのことです。




これは何かしらの、遺構の跡。

個人的には、赤穂城の印象はこれが強いです。




これを、石垣の上から見たことを、よく覚えています。

今なら、ここにあれがあって…とか確認しながら見るでしょうけど、
当時は、そのあたりのことを全く気にしてなかったのが悔やまれます。




こういう塀や、



天守台跡も残っていますね。
天守は、実際には一度も建設されていないみたいです。





それから、この銅像は、山鹿素行さん。

Wikipediaによると、
「1652年(承応元年) 赤穂藩祖浅野長直の招きで、江戸屋敷で藩士に兵学を教えていた山鹿素行が赤穂に7カ月滞在して縄張りをして二の丸周辺の造営を変更。」
とのことです。

山鹿素行さんは、江戸時代の軍学者です。
赤穂藩に兵学者として召し抱えられていた時に、
縄張り(お堀の形ですね)について助言して、それが採用されたそうです。



こちらは、Wikipediaの縄張りの画像です。

二之丸がそれです。
何となく、お堀というと基本四角形がメインなのですが、
赤穂城はそうではないのです。

お城の縄張りの基本は、死角をなくし守りにくい点をなくし、
攻めてくる者を迎えやすくする、という点にあります。

二之丸の形を見ると…
たまにとんがっている部分があったり、
急にへこんだりしている部分がありますよね。

これ、個人的には五稜郭に繋がる縄張りだと思っています。

つまり赤穂城は、かなり独特な縄張りのお城なのですね。
ま、当時の私はその辺りは全く意識していなかった…訳ですが(泣)

なので、もう一度訪城して、じっくり確かめたいと思っています。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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