今日、4年生である私は
1年生どうしあまり仲良くない二人と話をしました
その二人というのは

いつもクラスで騒いでいるようなタイプの子と
普段クラスの隅にいるような子の全く違うタイプの子で

あまり目立たない方の子には
もう少し周りと協力しながらやろうか
という話をし
人ができないことを馬鹿にしないよう指導しました

もう一人の
活発な子には
普段おとなしい子に対して
普段道理の口調では相手からしたら威圧的に感じるし
自分が間違ってたとしてもそんな強く言われたら
感じ悪いと思われちゃうから
間違ったことは言ってないんだから言い方を考えようか!
という指導をしました

するとその子は
そういうタイプとは一回強くいってねじ伏せればいいですもんねと返答

それに対して私は
そういう考えは身を亡ぼすよ
友達と知らない間に距離ができていっちゃうよと
言い彼は何となくですが納得してくれました

私はこの二人を指導しているときに
これ全部自分が出来なくて後悔してることだな~とか思いながら
指導しました

そう!!

これ自分では何となく気付いて何となく後悔してたこと
それを経験談から

普通に指導していました

自分は出来ない

少なくとも3年前はできてなかった

同じ轍は踏まないでほしいと思って口から出たのか
自分が無意識に気付いてた自分の嫌な所だから言ったのか

わからない

でも思うんです


指導って自分ができてなくても出来ます
指導するのに必要なのは
解ること

出来ること
ではなく
解ること

陸上の指導も
その他のことだって
どんなことだって
指導するのに必要なのは

理解

相手を知ること
技術を知ること
理論を知ること

こういうことかなっと
今日の指導場面で思いました