ここで、bridgeの由来をちょっとお話させてもらおうと思ってます。
前から書きたかったんだけどねえ!(´Д`;)
bridgeを最初に始めたのは…
確か…2007年頃だったかなあ。
その頃、初めて結成したバンド「k’sbe」のVoをしてたのですが、
バンドのカラーもそうなんだけど、メンバー間の考え方の違いとかいろいろあって、その時のバンドを続けていくのに、物凄い息苦しさを感じていました。
その時のメンバーは、とってもいいメンバーなのですが…
なんでしょうね。
でも続けていけなかったの。
続けていくのにプレッシャーを感じていたわけです。
だから、一度止めてしまえと思って。ちょうど、息子のしゅうやも産まれる年だったし、遅かれ早かれバンドやってる場合じゃないだろうと
自分の音楽って、バンドって一体なんなんだろう。
もう一度、見つめなおすつもりで始めたのが…
アコギユニット「bridge」と、期間限定コピーバンド「the bridge」
なわけです。(プロフィール背景画像は、2007年11月のミニケルズカフェで行った、一回限りの「the bridge」ライブの一コマ)
それから時を経て、今回のアコースティックバンドに至ったわけですが…
その名、「bridge」の由来とは…
知る人ぞ知る音楽雑誌!
「bridge(ブリッジ)」
から名を取りました(爆)
- bridge (ブリッジ) 2012年 05月号 [雑誌]/著者不明
- ¥580
- Amazon.co.jp
(今家にある最新号はこれね↑
吉井さんと、ワンオクのVO・TAKAくんの夢の対談です)
その当時(一度k’sbeを休止した2007年頃)、自分がどうすればいいか分からなくて、何の気もなしに手に取ったのが、嫁が(吉井和哉の記事があると必ず)買っている雑誌「bridge」でした。
その時に吉井和哉の記事を見て、改めて、イエモンというバンドを休止してからの苦悩、もがき苦しみを抱えながら、出口の見えない中を悪戦苦闘しているという事実を知りました。
その状況を知ったときに、やっぱり自分と重ね合わせてしまうわけですね。
やっぱり、(自分で言うのもおこがましいけれど)人気バンドを自分から止めてしまったら、こういう気持ちになるのか…と。
そう思ったら、吉井和哉に親近感が湧いてきて…
家にある、吉井和哉の記事が出ている雑誌を片っ端から読み漁ってしまいました。
で、相方イチハルと、イエモン&吉井ソロコピーのアコギユニットを結成しようという話になって、ユニット名を決めるときに真っ先に思いついたのがbridgeだったわけです。
やっぱり、吉井和哉を知り、コピーしようと思ったきっかけを作ってくれたからかな?
で、今回のアコースティックバンドのバンド名も勿論「bridge」にしました。
で、またいつか、ロックバンド「the bridge」も復活させたいと思ってます。
というわけで、これからの「bridge」の活動にご期待くださいまし(*^o^*)/~