1月も中旬を過ぎますと、さすがにお正月気分はすっかり抜けてまいります。新しい年に臨んで、仕事にも私生活にも、新たに清々しい気持ちになったことも、日常の中に次第に溶け込んで行っているような気がします。
今年も沢山の年賀状を頂きましたが、ひとつだけ気になることがありました。会員の方がご結婚なさると、結婚なさったその年はともかく、翌年からは、こちらからは年賀状をお出しするのは遠慮することが多いです。でも、忘れずに年賀状を頂いた場合は、勿論ご返事を差し上げますので、そんな交流が自然な形で継続して行くことも時々あります。
Nさんは、そんな自然な形で、この数年、年賀状だけの交流が続いていた方でした。数年前にご結婚が決まられたとき、Nさんのご年齢は40代後半で、ご再婚でした。ご結婚をなさったお相手は、地方都市にお住まいの6歳くらい歳上の、奥様とは死別の方でした。
Nさんの一目ぼれに近い形で、スムーズにご結婚が決まり、それ以来、毎年、お二人の共通の趣味にあけくれしながらも、ご夫婦二人の仲むつまじいご様子が年賀状の短い文面から想像でき、安堵の気持ちで本当に嬉しく思っていたのでした。
でも、今年は毎年のように下さっていた年賀状が届きませんでした。また、私の出した年賀状に返事を下さらない方ではないのに、幾日経ってもご返事の葉書は届かなかったのです。
仕事に追われ始めながらも、心のどこかで心配している自分がいました。ご主人かNさんがご病気になられたのではないだろうか?もしかして、ご夫婦の間で何かおありだったのでは・・?
そんな日々が過ぎて行った頃、二日程前に、Nさんから分厚い手紙が届いたのです。その分厚さに、少し心配しながら封を切りますと、何枚かのお写真と手紙が・・。手紙を読む前に、そのお写真を見て、私の心配はすぐに吹き飛びました。
少しも変わらないNさんのお顔と、ご結婚後、初めて見るご主人の穏やかな笑顔がそこにありました。(気のせいか、お二人のお顔も何だか似ておられるような気がしました)
お手紙には、Nさんのお父様が昨年お亡くなりになり、そのために年賀状が出せなかったこと、すぐに手紙を書こうと思ったけれど、なかなか時間が取れず、ようやく手紙を書くことができました、と書かれてありました。そして、今までの年賀状には書かれていなかったこと、結婚して、最初の一年はとても惹かれて結婚したにも関わらす、価値観の違いで喧嘩も幾度となくしてしまい、本当に真実、別れを考えたこともあったと書かれていました。でも、不思議なもので、毎日、生活をともにすることで、自然な愛情が相手に対して次第に芽生え、それを育てて行こうと心に決めてからは、主人がかけがえのない人となって行きました、と書かれてあったのです。最後には、今はとても幸せで、「明日死んでもいいくらい幸せを感じています」と書かれていました。(本当にそう書いてありました ♪)
50代の、本当に大人の年齢の女性が書いたお手紙とは思えないほど、初々しく、感情豊かなお手紙を拝見して、私は、今のこのお幸せに辿り着かれるまでに、この数年間の間で、Nさんの心の中に生じたかもしれない幾つもの葛藤を、逆に痛切に感じさせられたのでした。
本当に、幸せは、自分の手で、つかみ取るものなのだと思います。また、必ず幸せになろう!と自分自身で明確に意図してこそ、へんてつもなく流れて行く日常の中から、奇跡的にすくいあげることのできるもののような気が致しました。そして、たゆまぬ努力と、尽きることなく、自分の周りの人に愛情を注ぐことによってのみ、そうして、初めて、本当の、「自分自身の幸福」を手にすることができるのかもしれないと思ったのです。
「今度上京したら、井口さんにお会いできたらと思っています!」と書いてくださっていました。今まで幾度か感謝の言葉を掛けてくださったNさん、感謝すべきは、本当に私の方だということを、改めて思いました。これからも、自身のことだけでなく、周囲の人の幸福を同じように考えられるNさんをお手本に、日々精進して行かねば!と思った先日のことでした。
