超名作と言われて映画にもなったヘミングウェイの代表的な短編です。meは7回ぐらい読んでいますよ
。
この作品は、ヘミングウェイがフロリダの小島キー・ウェストに滞在しているときに執筆されました(1936年発表)。
内容は次のとおりです(ネタバレ注意)。
主人公は小説家のハリーです。ハリーは妻のヘレンとアフリカに狩猟に出かけて、そこで重病を患い、死にかかっています。
ヘレンは献身的に看病するのですが、ハリーは八つ当たりをしたりして、終始冷たい態度をとります。
体の具合が悪くなるにしたがって、自分が作家として大した業績を残せなかったことを後悔するとともに、パリでの思い出など自らの回想シーンが増えてきます。
ハリーは最後にキリマンジャロの頂上を見下ろす夢を見て、敗北感に打ちひしがれながら死んでいきます。一人の男性の人生の縮図が描かれているのです。
実は、この小説の核心というかエッセンスは冒頭のキリマンジャロについての意味深な解説に凝縮されています。
「キリマンジャロは標高6007メートル、雪に覆われた山でアフリカの最高峰と言われている。その西の山頂は(中略)神の家と呼ばれているが、その近くに、干からびて凍りついた、一頭の豹の屍が横たわっている。それほど高いところで、豹が何を求めていたのか、説明し得た者は一人もいない。」(高見浩訳)
雪に覆われたキリマンジャロの白い頂というのは、ハリーにとっては物的な享楽などを超越した「精神的な高み」の象徴で、また豹の屍というのは、夢破れて、挫折感を味わいながら死んでいくハリー自身のことを象徴しているものと考えられるのです。
もうひとつ、『キリマンジャロの雪』には、人間にとっての幸福とは決してお金持ちになることではないというメッセージも込められています。
というのも、この小説に次のような記述があるからです。「金持ちに対して、ジュリアンは一種ロマンティックな畏敬の念を抱いていて、」「連中は特別に魅力的な人種なんだ、とジュリアンは考えていて、それが見当違いとわかったときには、他の何にも増して打ちのめされたものだ。」
つまり、ジュリアンはお金や金持ちになることに執着しすぎて身を持ち崩してしまったのです。ハリーはそのようなことで打ちのめされる人間を軽蔑しています。
ここで「ジュリアン」というのは、『楽園のこちら側』や『グレート・ギャツビー』などで有名な米国の作家スコット・フィッツジェラルド(1896年~1940年)のことを指しています。
『キリマンジャロの雪』が『エクスワイアー』という雑誌に初めて掲載されたとき、「ジュリアン」は「スコット」と記載されていたのですが、スコット・フィッツジェラルド本人から「ちょっ、おれっちの実名を出すのはマジでやめてくれよぅ。」と言われてヘミングウェイが「ごめんなさいよ
」と言って「スコット」から「ジュリアン」へと名前を変えたのです。
フィッツジェラルドは、世界大恐慌(1929年)になるまでは流行作家としてブイブイいわせていたのですが、世界恐慌に突入するとたちまち落ち目になり、最後は名誉を失い、貧乏のどん底で人生の敗残者として死んでいった作家です。
また、ハリーがヘレンに対して冷たい態度をとったのも、ヘレンが金持ちの娘で、自分がそのお金のおかげで生きてこれたことに複雑な気持ちを持っているからだと思われるのです。
BRICs経済研究所 代表 門倉貴史
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