人生を振り返ると、子供の頃から負荷がかかっていたと思う。

それは、偏差値教育より前の話で。

元々の自分の気質と家庭環境から、ストレスを溜める生き方が普通の人になってしまった。

それから、スパルタ的な偏差値教育の競走馬になった。

血族の恨みと、うん百万、千万からうん億を望む投機的な野望の駒になった。

一つの基準で1点差の競争をするのはシビアだった。


偏差値が5違うと、学生の家庭環境が全く違った。

文化的、経済的背景がなかった。
私はそんなに頭も体も気も強くなかった。


そして分かりやすく潰れた。


今の精神科の受診の基準とは全くかけ離れているくらい、とっくに壊れていて、

死にたいのは何年も前から当たり前で、人生そんな事もあるだろうと、精神科を思いつきもしなかった。


母子関係を考える為に、心理学の本は図書館3館分全て読んだけど、

心理学は文系の棚で、精神医学は理系の棚なので、精神科の本は読まなかった。


世界がおかしくなって、1受験生が落ちただけで世界が変わる訳ないので、私の頭がおかしくなったと思った。




それから、どうやってか大学に入学し、不調がバレたら退学になると、必死に隠し通した。

この時が、本来受診すべきタイミングだった。

それから8年放置した。
この経過を症状固定と言わずに何を言うのだろう思うくらいだ。


それからも、騙し騙しやってきたけど。


神経の病気は慢性化すると、ほぼ治らない。だから、急性期と症状は違えども、少ししか軽くなっていない。

加えて、加齢で体力がない。

加えて、貧乏で座敷牢のような生活。


全体的に、徐々に機能低下していくのが自然だろうと思う。


親からのプレッシャーは今も大きく、一定の負荷をかけている。それで少しでも動けるようにはなっていない。

今日も母から叱咤激励のメールが来た。
このところ、罵倒調ではないのでブログに書くほどではない。

本当は、両親に恨みは無いけど、自分の健康の為には縁を切って、

生活保護を貰えれば、ひっそりと安定した生活をするのが良いと思う。


親が背負わせてくれた武器は、大き過ぎて、本来の自分と合わなさ過ぎて、

プラスチックのロケットの本体に、金属製のボンベの重い燃料が積んであるみたいだ。



飛ぶ前に本体が折れてしまう。


自分の頭は何とか制御できる感じになったけど、身体がしんどい。


大した事は望んでいない。

最近、障害者や高齢者に安楽死を考える意見がある。

私だけの事で考えると、いつでも従いますから、方法は選ばせて下さいと思う。


こうやって、何かちょっと頑張って書いたり考えたりすると、この頃手が痺れたり、目眩がしたり、挙句の果てに不整脈が起きる。


医療は助けになるだろうか。