身体は正直です。身体は自分を裏切らないのです。
 行動した成果は、着実に身体に刻まれていくのです。

 少しずつ、ほんの少しずつではあるが、私はゆっくりと歩けるようになってきたのです。

 時速2キロの超ヨチヨチ歩き。

 だが、私は時間を惜しんで歩行訓練を続けました。

 決められたリハビリの時間だけでなく、自分でもiPhoneの音楽を聴きながら病院内の廊下を、毎日毎日歩き続けました。

 来る日も来る日も、朝も、夕方も、リハビリです。リハビリは、とうとうこんな病気を患ったのかという思いを深くさせます。

 自分の現状に不安になります。社会復帰はできるのか? 仕事に戻れるのか??

 そんな思いが、私の心を締め付けました。

 そして、医者の一言が心に突き刺さりました。

 ・・・・先生、ふたたび走れるようになるでしょうか・・・・

 そう私は医者に聞いたのです。

 だが、医者は口ごもりながら言いました。

 ・・・・走る?? それはそうとう長期的に考えていかないと・・・

 私は、さらに畳み込んで訊ねました。

 ・・・・もう一回100メートルダッシュがしたいんです・・・・

 ・・・・門司港マラソンにも以前出たんですよ・・・もう一度走れるでしょうか?

 だが、医者はそれには返事せず、ともかくリハビリを続けましょう、とだけ言いました。

 医者の返答に、不安を募らせる私。

 だが、その夜。

 眠れない私が、真夜中にトイレに立つと、ナースステーションの声がかすかに聞こえてきたのです。

 ・・・・中村さん・・・・

 自分のことを話しているらしい声に、おもわず私はびっくりして、聞き耳を立てました。

 私は、看護師たちがナースステーションで、話していることを立ち聞きしてしまったのです。



 ・・・・・中村さん・・・100メートルダッシュしたいんですって!!・・・

 ・・・・・100メートルダッシュなんて、そんなこと言う人、初めてだわ・・・

・・・・・うんうん、私も言われた。マラソン大会にも出たって・・・・

 ・・・・・ねえねえ・・・・



 私は、目の前が真っ暗になるような気がして、そっと病室に戻りました。

 もう、私は・・・走ることもできないのだろうか?

 泥沼のような不安感。

 だが、人はあきらめてはならない。そして私はあきらめてはいませんでした。

 看護師に支えられて、車いすを使わず、やっとのことで廊下を伝い、トイレに行けた日の感動。

 一歩一歩、地道に歩んでいくしかない! 

 今まで習った、いろんなことを、もういちど私は、自分に言い聞かせました。

 人間は、いざというときには、お金も、地位も、名誉も、何も助けてくれないのですね。
 自分が身につけた考え方、人格、生き方、それだけが頼りになるのです。
 本当の自分が試される・・・・そういうときが誰の人生にもやってくるのです。

 ピンチはチャンス!!!

 どん底から、はい上がった者には、この言葉が、心にしみるのです!!!

 リハビリルームでのスクワットと歩行訓練の毎日。

 もどかしいような自分の身体!!

 一度階段を上ることに挑戦しました。

 ゆっくりゆっくり階段を上ります。

 何とか二階まであがって、ふと指につけた血中酸素計を見ると、なんと80を示していました。
 正常値は95以上。90以下は危険とリハビリのKさんに言われて、リハビリの時は血中酸素が下がらないようにいつも注意しながら、リハビリしていたのです。

 それがいきなり80です。

 私は驚いて、その場に座り込んでしまいました。

 なにしろ右肺を三分の一摘出してしまい、肺活量が1000cc近く減ってしまったわけですから、すぐに血中酸素が下がるのです。


 それと、もう一つ悩みが出てきました。

 すこし早口でしゃべったり、少し大きな声でしゃべると、発作のような咳が出てくるのです。
 入院前の普通のしゃべり方でもダメでした。

 リハビリで、歩くスピードを上げてもダメです。激しい咳に見舞われます。

 一度始まり出すと、10分以上止まらない発作のような咳です。
 後日のことですが、これは手術をきっかけに喘息を併発したと診断されました。
 肺の手術をした人の内、100人に2人ぐらいがそうなると医者からは言われました。

 そして、二つ目の腫瘍がガンであるのかどうか、その結果もまだわかっていませんでした。

 このころの私は、五つの大きな不安を抱えていました。

 1、運動能力が戻るのかの不安

 2、血中酸素がすぐ下がってしまう不安

 3、激しい咳の発作の不安

 4、二つ目の腫瘍がもしガンであれば、転移しているのかという不安

 5、横になると出てくる背中の痛み (医者に言わせると手術の後遺症による肋間神経痛)

 不安を消し去るためにも、私は歩くしかありませんでした。

 また私に出来ることは、歩くことだけでした。

 だが。、夜も・・・眠れないから、とうとう夜中まで歩きました。

 夜中の二時過ぎの病院というものは、人によっては気味悪がるでしょうね。
 たしかに重症患者の、何ともいえないうめき声が響くし、独特の雰囲気です。とても若い女性は怖くて歩けないと思いますよ。
 だが、私は、確かに未来だけを見ていました。夜中の病院も怖くはありませんでした。看護師さんたちに心配かけないように、こっそりベッドを抜け出して、外来病棟で夜中の2時3時に歩行訓練しました。そして見回りの時間になると、ベッドに戻りました。見回りの看護師さんは、ベッドに私を確認すると安心して次の病室へ向かいました。

 私は、病院内で誰よりもよく歩きました。

 やがて看護師たちの間でも評判となり、励ましてくれる人も出てきました。

 私にも、感謝の思いが生まれました。

 ・・・・この病院は、私の命を救ってくれた病院なんだ・・・・

 そう思い、看護師たちや医者に感謝の手紙を書いた頃、私は病棟を替わることになりました。

 長期療養型の病棟へ移ることになったのです。

 お礼状を渡し、看護師たちに丁寧にお礼を述べ、感謝の思いで、私は病棟を去りました。


 私は、手術以来慣れ親しんだ1階の病棟の個室を離れ、長い病気に苦しむ人たちのいる療養病棟へ移りました。


人生を変えるときには、
今までの人生では正しかったことが、
逆に成長の足かせになることがある。

たとえば。

多くの人は、確実性(安全)のニーズを
最優先にして生きている。

私もそうだった。

仕事で大きなミスをすれば致命傷。
だから、最悪の場合を想定して、
それに対策をしておけば安心だ。
そう教えられた。

それは正しいことだ。

しかし、
最悪のケースを想定して
対策を練っておくことばかりやっていると

脳の中で自動的に
最悪のケースを思い浮かべる癖がつく

決められた職場の決められた仕事で
ミスなくやるためには必要な能力だ。

だが、新しい人生に踏み出すときにはどうだろうか?

確かに、安心して生きるためには必要な能力だ
病気に備えて、保険に入れ
火事に備えて、保険に入れ
失業に備えて、保険に入れ
もしもの時に備えて・・・・
万が一に備えて・・・・・

それを考えない人は無謀だが、

そればかり考えていると、
最悪パターンが自動的に頭に浮かび
うまくいかなかったときのことを
自動的に考えてしまう脳になる
失敗したときの情景が優先的に頭に浮かぶ脳に
なっているのだ。
30歳40歳50歳・・・

私自身がそういう脳になっていた。

思考が習慣になり、習慣が運命を作る

こんなに冷徹にこの法則が適用されるとは
若い頃は思っても見なかった。

だが、いくら保険に入っていても
病気になったときには、
最悪を考えていたら、免疫力が落ちる。
健康になった自分をイメージして、
リハビリに励むことが必要なのだ。

リストラにあった時に最悪の状態を考えていたら
人生に絶望してしまうだろう。
だが、破産しても再起を考える億万長者は
破産から、再び億万長者に返り咲く。

人は、最悪にも備える一方で、
最高の状態を考える力が必要である。
うまくいっている自分をイメージする力
信じる力が必要なのだ。

自分自身を愛する力、自分自身を信じる力。

未だうまくいっていない段階の、
不確実な、不安定な状態の時でも
自分自身の輝く未来を信じることが出来る力。

自分自身を信じることが出来るからこそ
自分自身を高め磨いていくことに踏み出せる。

それも
無理矢理自分を信じようと力むのではなく
うまくいくのが当然だと思いこんでしまう力
根拠のない自信。当然意識。

不安定な状態でも、
「私は今、光の道を歩んでいるんだ」
と心から思える力だ

だからこそ、ワクワクできるのだ。

これこそ不確実性(自由)のニーズだ。


失敗した時の様子がまず浮かんでしまうように

自分を訓練してきてしまったからには、

楽しみながら歩んで行くには、
どんなに不安定な状態の中でも、成功した自分が
まず浮かぶように、自分を訓練し直すことが必要だ。

毎日の生活の中で、
うまくいかないことが起こったときが
この再訓練のチャンスの時だ。

さあ、はじめよう。

新しい自分を築くために、
うまくいかないときほど、最高の自分をイメージしよう

失敗した自分が浮かんできたら
キャンセル・キャンセル

うまくいかない状況に出逢えたことに
感謝してしまおう。ありがとうございます。

そうさ。そういうとき、私たちは
まさに・・・・・
光の道を歩んでいるのだから。




追伸:

最悪の場合に備えよと
今まで信じていた自分の正しさ・常識を疑い、

うまくいった状態をまず思い浮かべるという、
新しい正しさ、新しい常識を見つけることで、
自分自身の新しい可能性が開かれるのだ。

 

手術三日目、私は病棟のトイレに行くことになりました。
ベッドの尿器から離れて、はじめてトイレに行くのです。

しかし・・・・・

自力で歩くことがまだ出来ません。
鼻には酸素のチューブが取り付けられています。

それで看護師さんに手伝ってもらって、車いすでトイレに行くことになりました。
車いすにのり、酸素ボンベを車いすの後ろの方にセットして、トイレに向かいます。
トイレにつくと、カーテンの敷居があるトイレがあり、そこが車いすの患者用のトイレです。
「終わったら知らせてくださいね。」
そう言って看護師さんは、カーテンを閉めて、行ってしまいました。
カーテンの内側で、車いすから便器に乗り換えて用を足します。重病人か高齢者になってしまったような、なんとも言えない気持になります。いや、本当に重病人だったのですから、仕方ありませんけどね(笑)

こういう状態になるとは心の準備が出来ていなくて、いきなり自分に降って湧いた運命に気が動転してきます。
まずは「歩けるようになるだろうか?」
本当にそう思いました。

夜になると、背中が痛み、眠ることが出来ません。
横になって寝ていると、決まって背中がひどく痛むのです。
しかたなく、ベッドをたてて、座ったような状態で、上体を起こして、そのまま眠ります。まるで夜行列車の座席で寝ているような不安定感です。それですぐに一時間ほどで目がさめてしまいます。その後は目がさえてきて、空が白くなるまで、全く眠くなりません。私は不眠になってしまったのです。
私の不眠は3週間ほど続きました。

眠れないと言うのはつらいです。病気が病気だけに、いろんなコトを考えてしまうのです。ガンが転移していたら、抗ガン剤治療になるかな?そうなると仕事へは1年以上復帰できないかな?、そもそも命が危ない?。
しかしなぜか、死んでしまうかも、という恐怖心は全く湧きませんでした。それよりも職場に復帰できるんだろうか、と言う不安
がとても強く起こりました。

そんなときリハビリ担当のKさんが病室にやってきました。
「リハビリをやっってみましょう」
人なつっこい笑顔と、親しみやすい人柄のKさん。
朝の10時からのリハビリの時間になると、笑顔で迎えに来てくれます。そして車いすを押してリハビリルームに連れて行ってくれるのです。
Kさんは、私のどん底の入院生活を支えてくれた恩人の一人です。本当に感謝しているんです。
私は、Kさんの笑顔に支えられ、不眠に苦しむほどの不安感の中で、一歩一歩とゆっくりしたハーフスクワットのリハビリを始めたのです。
一回20回のハーフスクワット。それでも手につけた血中酸素計があっという間に下がるので、それとにらめっこして、ペースを調整しなければなりません。
壁際におかれたモニターに、無線LANでいろんな患者の血中酸素計のデータがグラフとなって出ています。
たった20回のハーフスクワットも出来ないのか?
そう思って、自分の体力の衰えぶりに落胆してばかりいた私ですが、Kサンの笑顔と「少しずつやっていきましょう」という励ましに支えられ、私は毎日毎日リハビリを続けていくことが出来ました。

千里の道も一歩から。

成功への道は、小さな一歩を繰り返すことです。
小さな一歩が、繰り返すことで、偉大な進歩に変わるのです。
体験を持って、それは断言できます。

今の私があるのは、このときの車いすでのリハビリがある、おかげなのです。そしてKさんのおかげです。
一日、一日と、小さな一歩を積み重ねて、私は回復への階段を上り始めたのです。

続く・・・・・・

1日一人の人にコーチングに挑戦。
といっても、簡単にコーチングをさせてくれる人がたくさんいるわけではないので、雑談をしながら、こちらはコーチングを意識して話すだけでもカウントすることにした。
チャンスがあれば、コーチングの練習させてくださいといって、お願いしてみるつもり。
そして誕生日も聞いてみようと思う。

さて、やってみての感想。

 身体に疲れがあると、自分の状態があがらず、ラポールの状態に持っていくのに、エネルギーがいる。
 こんな時、今までの仕事の時は、私は「気合いだ」と考え、無理に気合いを入れたり、スタミナドリンク飲んだりしていたが、単にトライアド変えるといいなと気がついた。
 トライアドレシピ、いいこと習った。
出来ればそれをアンカリングしていこうと思う。

特に私の場合、フォーカスがなかなかうまくいかない問題・課題に向いていたり、未来の自分に向かうための障害にフォーカスが向いていると、特に疲れがひどくなって、肩が凝ってきたり、身体に症状が出てくる。メンタルもどんよりとしてくる。状態をあげようとしてもあがらなくなる!!
いつも感じていたあのイヤな感じの体と心の状態になってくる。
だからこそ
問題にフォーカスするのではなく、問題を解決した状態にフォーカスする!!素晴らしい教えだ!!
必ず実践するぞ!!


明日は、初対面の人に会うので、お願いしてコーチングの練習させてもらうつもりだ。がんばりたい。
目標実現には、それをやり遂げる絶対の確信とか、何が何でもやり遂げる強い熱意とかが必要だとよく言われます。
それは真実なのですが、一般の人たちの中には、あまりに強い熱意を持つと、執着が起こってしまって、
「目標実現できなかったらどうしよう? できなかったら私ってダメな人間なのかしら?できなかったら私恥ずかしくて・・・」
と、そんな風に考えてしまう人たちも大変多いです。
 
目標実現を考えると、そのリスクばかりに目が向いて、そんなことになったら面倒だからと、目標を立てること自体嫌がる人もいます。そしてこう言います。「俺は気楽に生きたい」


そんな風に考えがちな人が、イヤ、やっぱり目標に向かって行こうと決意したときは、「出来なかったらどうしよう?」の方にどうしてもフォーカスが行ってしまいます。

普段からマイナスにフォーカスしている癖のある人が、いきなり強い願望や目標を持つと、その強さの反動で、強烈な不安感がやってくるのです。それはもう生活が出来なくなるくらいの不安感です。

そんな時、目標実現できた状態の方にフォーカスできればいいのですが、マイナスにフォーカスする癖がついていると、意志の力ではどうしようも出来ない時もあります。だって潜在意識の方が意識よりも何十倍も力が強いのですからね。

どうすればいいのでしょうか?

一挙に 「不安だって楽しむためにある。わくわくどきどきの人生を!」 と言われても、そういきなり、なれない人たち。

まずは心の中に
「絶対に目標を達成して何が何でもやり遂げる」と言う強い決意と、
「目標達成できなくたって、死ぬ訳じゃない、ま、いっか」
と言う楽天的な気持の両方を「完全に100%」両立させるのです。

潜在意識は矛盾した思いが共存できます。
たとえば、好きな子だから意地悪すると言う小学生の心理の例を考えてみてください。。
好きという気持ちと意地悪したくなると言う気持ちが100%共存していますね。
潜在意識の世界では、矛盾した二つの思いが、矛盾せず共存できるのです。
こういう潜在意識の性質を利用して、
目標達成の固い決意と、「ま、いっか」というちょっと楽天的な気持を両立させ、心のバランスを取ります。

といっても、必ずやるという強い気持と、ま、いっかというちょっと楽天的な気持を足して二で割って、50%50%のブレンド状態にするのではありません。それでは強い決意になりません。

「何が何でも」やり遂げるという強い決断の気持ちを脳の中に100%持ち、でも同時に、ま、いっかという楽観的な、楽天の発想を、脳の別の部分に持っておくのです。

そうすることで、何が何でもやるという決断の状態をしても、執着して強烈な不安心理に陥ったりすることがなくなります。

こうして、目標達成の固い決意を持つことが自然になってきます。
これは、あるセラピストが言っていたスキルです。
これが、「不安の中でもわくわくどきどきする境涯」へのまずは第一歩だと考えています。
マイナスにフォーカスする癖がなくなったら、次の段階に進みましょう!!
ま、いっかという楽観的な気持ちを、失敗から学んで成長するというポジティブな気持ちに変えていきましょう。