星や月をながめたり、雪景色を思ったり、
そんないろんな情報の中の1つに、
『オーロラ』\(^^)/
おくられてくる実際の映像を眺めれば
その時ばかりは、
何かしら自然に感謝が込み上げてきます。
賢治さんの「春と修羅」にでてくる氷窒素
きらびやかな氷窒素のあたりから、
すてきな化石を発掘したり、
というところで、斎藤文一は賢治の洞察力に気付き、そこから深く探っていきます。
斎藤文一は、南極観測隊員でもあり、新潟大学付属超高層大気光観測所長。
賢治さんがオーロラ・グリーンについて知っていたはずがなく、賢治さんの農業化学技術者としての実践的な立場からみて、それは実に
「空中窒素固定法」の知識にもとづいた直感だと、斎藤文一氏は述べられています。
『宮沢賢治と銀河体験』の写真より
賢治さんは、1917年10月21日に、弟清六さん等と柳沢で↑みたいなの見ているらしいのです。
はてな、山のてっぺんがなんだか白光するようだ。・・・・・
ホウ、雪だ、雪だ。・・・・
空気はいまはすきとおり
小さな鋭いかけらでできている。
その小さな小さなかけらが
互いにひどくぶつかり合い、
この燐光をつくるのだ。
夜明け前の二時半過ぎに賢治さん等が目撃者したのが↑のような〜。
賢治さんも賢治さんですが、
斎藤文一さんもまた、類いまれな方であり、
そんか方々が、宮沢賢治さんを知って、
また、それから展開していきます。
高木仁三郎さん(原子核)は、
斎藤文一さんのこの本を手にして展開、
斎藤文一さんは、賢治論を書き上げている
草下英明(天文学)、宮城一男(地質学)を読み、
更に展開\(^^)/
そんな素晴らしい科学者の方々に
少なからずや何年もいや何十年間も
影響を与えそれぞれに本を書き上げさせいる、
37年間の短い生涯を苦悩と実験で終えた
宮沢賢治とは、
無論 私には語れる資格などはないですが、
私なりに勝手に展開させていただき、
残り30年?
いや50年になるかもしれませんが、(笑)
あちこち、さ迷いいきますよ🎵
しかし、満点の星空をみたいものです。
今住んでいる武蔵野新座では、
もうみられません。
ところ狭しと住宅が立ち並び、
夜も明るく、唯一見られるのは
オリオン座ぐらいです。
そんな時だけは、
八丈島(主人の実家)を恋しく思うのです。