大分空港から、高速バス ”サウス(佐臼)ライナー” に乗り佐伯へ。
鉄道でのアクセスは、残念ながら接続時間も料金も条件に合わなかった。
城下町の落ち着いた佇まい。
すれ違った小学生たちが「こんにちは!」と。
返事が聞こえないので後ろを振り返ってみたら誰もいない。えっ俺に!?
改めて「こんにちは!!」と慌ててお返事。
その後も、すれ違うたびに挨拶が飛んでくる。
誰もがみな、礼儀正しい。
こういうの、最近すぐに感動してしまう。
佐伯城 三の丸櫓門から山頂の本丸天守台までは、何本かある道のうち ”登城の道” を選んだ。
薄暗い急な山道、、
登城の際は、ほんとうにこの道を毎日登っていたのか?
誰も歩いていない。
やはり皆さん、別のルートを歩かれるようで、、
「通行止解除」の看板もあったので、ちょっとばかり不安になりつつも20分ほど登る。
ようやく視界が開けると、
広い空、青い海。
豊後水道を望む絶景が広がっていた。
西出丸の石垣の角に立つ。
降り注ぐひかりと、風が心地よい。
二の丸へ。
ここにあった櫓は ”懸造り” と言って、建物を石垣や崖から張り出すように建てられていたそうで、
石垣上の面積を少しでも確保するための工夫。
当時の技術力の高さに驚く。現存していないのが非常に残念だ。
ここに広がっていた建造物群を案内図からイメージします。
天守台には、三重、南向きの天守があったとされる。
詳しい資料は残っていないのだそう。
写真というものがもっと早くにあったら。
天守から城下町を一望する。
それにしても高い。
本丸外曲輪の北側斜面には、4段の雛壇状石垣が。
崩れた斜面を復旧し、山全体を保護するために施された工夫の跡。
機能美、石垣技術の結晶だ。
帰りは ”独歩碑の道” を下る。
すれ違えば、老若男女みな挨拶。
大分県佐伯市は、心の通う ”あいさつの町” でした。
大手門のあった通りには、先ほど出会った子どもたちの通う佐伯小学校が。
礼儀正しさ、この門構えでなんとなく納得。
小さな侍JAPANたち。
佐伯から 特急にちりん、大分からソニックへと乗り継ぎ中津へ。
駅の壁面には1万円札の絵が。
どうやら福沢諭吉の故郷のようです。
大分までの空路、幻想的な景色を拝むことが出来ました。


































































