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今日、新しく携帯を変えようか、
と、近所の電気店を歩いたのだけど・・・
最新機種 機能オオスギ!
ミュージックプレーヤーなんて要らないです。
SUICA対応まで結構です・・・
いろんなもの付けすぎや。
やけにでっかく、デザインもあまりパッとしないし。
今の携帯はもうPC並みの機能を持ってきているから、
ホント、PCみたいにカスタマイズとかやってくれたら
けっこう売れたりすると思うねんけどなぁ。
まぁ、手間はかかるとは思うけど。
そういう手間賃をかけるよりも、
一括で機能を盛り込んだ方が安価になるんでしょうか。
でも、いらんもんなぁ~、ミュージックプレーヤー。
と、近所の電気店を歩いたのだけど・・・
最新機種 機能オオスギ!
ミュージックプレーヤーなんて要らないです。
SUICA対応まで結構です・・・
いろんなもの付けすぎや。
やけにでっかく、デザインもあまりパッとしないし。
今の携帯はもうPC並みの機能を持ってきているから、
ホント、PCみたいにカスタマイズとかやってくれたら
けっこう売れたりすると思うねんけどなぁ。
まぁ、手間はかかるとは思うけど。
そういう手間賃をかけるよりも、
一括で機能を盛り込んだ方が安価になるんでしょうか。
でも、いらんもんなぁ~、ミュージックプレーヤー。
そんな、変な機能や処理を行うがために
肝心の電話を使う為の電池が消費されたら
なにがなんやらで、ワケワカラン。
キー操作のレスポンスも遅くなっているみたいやし・・・
まぁ、これはDOCOMOの話ですが、
他のキャリアはどうなんだろう。
てなわけで、
俺はまだまだムーバの携帯を使っているわけで。
久しぶりに(約一年半ほどして)舞い戻ってきたら、
なんかいろいろな機能がついてるなぁ。
どこまで使うかは別として・・・。
俺はなにか行き詰ると、HP作ったり、ブログ書いているような
気がするな。
これは人に見せるというよりも、
自分に向けて書いている文章、という意味合いが強い。
よくブログやHPで、更新が滞ると、
最近、更新できなくてゴメンナサイ。
というような、文句をよく見かける。
最初はなーんの意気込みもなしに、
気軽に始めたものであっても、
アクセスが増え、読者がつき、記事を期待する人が出てくる。
そうなると、自然と責任が生まれ、
書いている人に責務とプレッシャーが生じてくる。
こういうことが「いい」とか「悪い」とかいうのではなく、
「情報を発信する」ということは、
他人であろうと、たとえ、それが自分であろうと
「情報を発信する」ということ自体から
なにか独特の責務が産まれてくるのが、
なにか「不思議だなぁ」と、感じたわけです。
日記という、完全クローズドなものにしても、
それはそれで、未来の自分に向けての情報発信という
こともあるわけで、
数日書いて、1ヶ月ぐらい期間が空いてしまうと、
「一ヶ月ぐらい空いている」ということが気恥ずかしく、
例え再開するにしても、新たな日記張を買って、
「さぁ~、また意気込みを新たにして書くか!」
と、自分に向けて宣言したりする。
そういった気恥ずかしさや後ろめたさがどこから来ているのか?
ってのはいろいろとあるでしょうが、
まぁ、今のマスコミの情報発信の仕方に
無意識に引っ張られているんでしょうなぁ。
テレビでは、この時間にこのチャンネルをまわせば・・・
とか、
週刊誌やったら、毎週水曜日発売・・・
とかね。そりゃ~、まぁ、テレビとか雑誌とかは商売ですから、
そうするでしょーね。
ブログとかSNSとか、
いろいろと個人が多数に向けて発信できるツールが
増えてきて、
上のような、意識の枠から外れて、
自分の気の向くまま、風の吹くままに
「情報発信」という束縛からの解放
ってなことをやっていってもいいんじゃないかいな、
と、久しぶりにブログを書いて
感じたわけでした。
文化村でやっている
ミュージカル「ウェストサイドストーリー」を見に行ったのだが、
イマイチやったなぁ。。。
ブロードウェイでオーディションをしたキャストで
オーケストラピットもついての生演奏で
まぁ、基本は抑えているのにあまり面白くなかった。
ミュージカル「ウェストサイドストーリー」を見に行ったのだが、
イマイチやったなぁ。。。
ブロードウェイでオーディションをしたキャストで
オーケストラピットもついての生演奏で
まぁ、基本は抑えているのにあまり面白くなかった。
曲は、まぁ、有名な曲があったりでところどころ
楽しめたことは楽しめたけど、
見ながら、なにがダメなんだろう・・・と、
と素人ながらに考えていたのだけれど、いくつかあったわけで、
以下、あくまでも俺が感じたダメな点・・・。
■舞台装置(セット)
オオッと思うような舞台装置ではなった。
場面による舞台の変化はいくつかあったけど、
驚きはなかった。
日本での期間限定ってところで、
それほどセットにお金をかけられないのか・・・
■キャラクター
俺はミュージカルはイギリスのウェストエンドで見て、
その感動からミュージカルが好きになった。
見ながら、なにがダメなんだろう・・・と、
と素人ながらに考えていたのだけれど、いくつかあったわけで、
以下、あくまでも俺が感じたダメな点・・・。
■舞台装置(セット)
オオッと思うような舞台装置ではなった。
場面による舞台の変化はいくつかあったけど、
驚きはなかった。
日本での期間限定ってところで、
それほどセットにお金をかけられないのか・・・
■キャラクター
俺はミュージカルはイギリスのウェストエンドで見て、
その感動からミュージカルが好きになった。
それらはすべてキャラが立っていた。
ひとつ重要だなぁ、と思ったのが、
3枚目キャラ。
「キャッツ」といい「レ・ミゼラブル」といい3枚目キャラがたっていて、
笑わせるところ、泣かせるところのメリハリがついていた。
そして、舞台が終わって、キャストが一同に介するところでは、
主人公以上に、大きな拍手を浴びていた。
拍手の大きさから、この3枚目キャラの存在は舞台にとって
重要なエッセンスだなぁ、と感じる。
ただ、この「ウェストサイドストーリー」においては、
目立った3枚目キャラがいなくて、
ひとつ重要だなぁ、と思ったのが、
3枚目キャラ。
「キャッツ」といい「レ・ミゼラブル」といい3枚目キャラがたっていて、
笑わせるところ、泣かせるところのメリハリがついていた。
そして、舞台が終わって、キャストが一同に介するところでは、
主人公以上に、大きな拍手を浴びていた。
拍手の大きさから、この3枚目キャラの存在は舞台にとって
重要なエッセンスだなぁ、と感じる。
ただ、この「ウェストサイドストーリー」においては、
目立った3枚目キャラがいなくて、
ストーリー展開にメリハリがなかったなぁ~、
と思うところがあった。
■セリフが長い
音楽を伴わないセリフが多すぎて、
間延びしてた。
音楽による喜怒哀楽の展開というよりも、
セリフによる状況説明や展開がおおかったような・・・。
せっかくオーケストラをつけているのだから、
もっと、音楽で舞台を展開させていってもいいと思うなぁ。
ってなところでした。
■セリフが長い
音楽を伴わないセリフが多すぎて、
間延びしてた。
音楽による喜怒哀楽の展開というよりも、
セリフによる状況説明や展開がおおかったような・・・。
せっかくオーケストラをつけているのだから、
もっと、音楽で舞台を展開させていってもいいと思うなぁ。
ってなところでした。
いやぁ~、10月は忙しかった・・・
忙しすぎて、まるで普通の時間の流れとは違ったところを
流れる四次元にスッポリと飲み込まれた気分です。
10月を過ごしたという実感がない。。。
ってなわけで、
その経過はまた機会があったら書くとして、
今日帰ってきてテレビをつけると、
最近、妖怪化が進んでいる立花隆が先導役を
つとめる番組が流れていた。
内容は人間サイボーグの最先端の研究を追う
というもの。
これにはホント、ビックリした。
マトリックスが現実になろうとしている。
まぁ、医療目的なんだけど、
下半身不随の患者の頭に電極を埋め込み、
頭皮から出ているジャックに
コンピュータへとつながる端子をつなげば、
頭で考えるだけで、
テレビがついたり消えたり、
PCのマウスを動かしたり、
はたまた、機械で作られた腕を動かすことができる。
レバーやボタンはなにも使わず、
頭で考えるだけ。
つまり、
人間がネットワークの一部になっていた!
こういう病気になり、
体が不自由になった人たちの世界を広げること
に使われてたらいいねんけど、
やっぱりそれだけではとどまらず。
人間に試すまでに数多くされた動物実験の
映像も流れてたけど、それもまたすごい。
実験というよりも、軍事目的で研究は進められてるんやけど、
ねずみの頭に電極を差し込み、
電波を使ってそのねずみを操作するというものがあった。
これは研究者のPCへのキーボード入力により
ねずみを自由自在に操るというもの。
高いところを怖がるはずのねずみがはしごを上り、
はたまた、入り組んだ道をその操作道理にねずみが進む。
これは、ねずみの脳にある運動神経への刺激と同時に、
その指図どおりに行動をすると、
ご褒美に快楽中枢に刺激を与える。
ねずみは、最初意思に反した体の動きに抵抗をするんやけど、
繰り返すうちに、
体が動くままに行動をすれば、
快楽がもらえるということを学習する。
そんなこんなで、
ねずみの行動は人間の思うがまま。
なぜこれが軍事目的で研究が進められているかというと、
そのねずみにカメラを載せれば、いろんなところに潜入ができるから。
莫大なお金を使って、精巧なロボットを作らなくても
ねずみの脳に電極を差し込むだけで、
ねずみにスパイ活動をさせることができる。
そんな実験や成果がいろいろ映し出せれていたわけやねんけど、
これが人間に対して悪意を持った使い方をされると、
とんでもないことになるな。
まさにサイボーグ。生身の人間ロボットです。
その番組を見ている限り、
技術的にはそれが可能な域に達している。
ちょ~っと、気味悪い感覚もありました。
【参考】人間サイボーグの実験台に立つ
http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/051020_cyborg/
最寄り駅までよく使う道路は
車の往来がけっこうあり、
その上バスまで通るにもかかわらず、
歩道が狭く、
歩いているすぐ横を車がビュンッ!と、通りさる。
これで交通事故が起こったら、
国に訴えを起こしてもいいんじゃないか?
というくらい。
今ある日本の光景としては当たり前といっちゃ
当たり前だけど、
漫画家だったか写真家が
車の往来がほとんどない、日が昇ろうとしている早朝に
道路の真ん中を歩くのが趣味。
というよいうなことを言っていた。
現在では車が道路の真ん中を走り、
歩行者は道路の端っこに追いやられているのが普通。
でも、道路の真ん中を歩いてみると、
いつもとはまた違った感覚があるらしい。
ということで、
ためしに夜の帰り道。
車が来ないのを見計らって
道路の真ん中を歩いてみる。
なーるほど、
確かに広々とした
なんともいえない開放感があります。
いつから、こうも歩行者の
肩身が狭くなったんでしょうね。
東京に着てからあまり車に
乗らなくなったこともあり、余計にそう感じる。
まぁ、車が普及するようになってから
でしょうけどね。
昔々の江戸時代。
飛脚や人力車が行きかっていた時代。
日本には、馬車といった文化がなく、
道を走り、道を踏みしめるのはもっぱら人の足。
そのときの
日本の道はすごくきれいだったらしい。
外国から日本に訪れた外国人は
その景観を見て、感嘆の声を上げたという。
道が歩行者に解放されるといえば、
歩行者天国というものもあるけど、
そのときの道は道ではなく、
一種の広場となっている。
歩行者だけの道。
そういう道を作ってみるのも
面白いのかもしれないっすね。
セカセカ歩いてしまうのも、
それはひょっとしたら車のスピードに急かされる
ということも、
言えるかもしれない。
歩行者しか歩かない道。
車が走らない日。
そういうものをつくり、
体感してみると、
いつもとは違ったリズムで
生活ができるかもしれないですね。
今日のお昼、
仕事の合間にネットサーフィンをしていたら、
「生協の白石さん」というのが盛り上がっている
と、なにかで紹介されていた。
俺がいまこの話を話題にしていること自体
恐らく、古いと思われるが・・・。
試しに、
そのページを探してみたんやけど、
ありましたで!
そのオフィシャルページが!
東京農工大学消費生活協同組合 組合員の声
なんかテレビとかでも紹介されていたんやね。
でも、大学が有名になるのって、
名物教授がいるだとか、
部活が全国的にいい成績を残したであるとか
いわゆる
学校が行っている活動によって有名になることが多い、
というかそれぐらいでしか有名にならないのだけど、
しかし、
これは、学校活動の支流、というか、
本流にかすっている程度の生協が
大学の知名度を上げています!
すごい盲点をついてるね。
ってか、もともと有名になるつもりなど
なかったんやろうけど。
最近は、電車とかテレビとかで、
大学の広告をよく目にするけど、
生協の白石さん効果には
まったくもってかなわないでしょうね。
しかも、無料。
しかし、この生協の白石さんは、
今のように広く知られる以前から、
ホント、学生の要望や丁寧に質問に答えている。
なかにはふざけた質問もあるんやけど、
それを丁寧に答えているところが、
よりいっそう面白さを引き出している。
ある意味、笑いを狙っているところは
見えますが・・・
でも、
これで、生協の仕事に憧れを持つ人、
そしてこの学校に興味を持つ人が
1000人に1人ぐらい出てきそうやな。
学校の知名度のみならず、
職業のステイタスをも底上げしているよ。
昔、俺が受けた英語の試験で
こんな文章があったのを思い出す。
要約すると、
アメリカではバスの運転手の職業的地位は低い。
でも、そのバスの運転手の中に
仕事に対してすごく誇りを持って業務を行っている
運転手がいた。
おばあさんがいたら率先して乗り降りを手伝い、
乗車するお客さんに対してはとても丁寧な対応を行う。
などなど。
そして、その文章は下のような文章で締めくくっていた。
職業的な地位は関係なく、
自分がしている仕事に対して誇りを持って
その業務を行えば、その仕事、そしてその人そのものが
輝いて見える。
と。
記憶はあやふやで
内容はチョット違っているかもしれませんが・・・
しかし、
生協の従業員が職業的にどうなのか分からないけど、
まぁ、あまり目立たない職業ですよ。
でも、白石さんの登場により、
この職業のイメージがガラリと変わっている。
これはスゴイことです!
多くの人のその認識を変えている。
つまりは、
今している仕事を輝かせるか、輝かせないかは
それをしている、その人にかかっている。
職業が輝いているのではなく、
仕事をしているその人が輝くことで、
職業自体も輝きだす。
文句ばかり言っていても、
自分がにごるだけですわ。
と、まぁ、
そんなことを改めて感じましたで。
つまらないと思っている仕事でも、
まだまだ面白さは隠されている。
まず一つ目。
粗大ごみの回収業者が来た。
やっぱり回収料金は3500円。
5秒のシンキングタイムのあと・・・
その金額でリリース。
かさばって、必要のないものは
やっぱり早く持って言って欲しい。
あぁ~、ある意味
家に来て、見積もりを取ってもらう
と決めた時点で、勝負は決まってたな。
内訳としては
運送料(基本料) 2,000円
引取り料 1,500円
計 3,500円
まぁ、この明細をみる限り、
少なくとも2,000円以上は
絶対かかるということですわ。
二つ目の回収。
国勢調査の回収のために近所のおばちゃんが来た。
チャイムの鳴らし方が半端じゃない。
ピンポ、ピンポ~~ン。
間髪入れず連発でチャイムを鳴らしてくる。
日曜日の朝から、
ウルサイッ!と思いつつ、
眠気眼で調査票を渡す。
で、夜、
ニュースを見ていると
国勢調査員を装った男が調査票を持ち去る事件が勃発
とのこと。
まぁ、俺の場合は持ってきたおばちゃんと
取りに来たおばちゃんが同じだったから
大丈夫・・・だとは思います。
ただでさえ、
個人情報保護が叫ばれている昨今、
国勢調査の依頼がしにくくなっているらしい。
その上、こんな事件がおこってしまったら・・・
ますます依頼、回収がしにくくなるやろなぁ。
俺的には
いまさら個人情報を、
個人でどんなに頑なに守っても
どこかで漏れているような気もするんですがね。
実家の住所は
学校の卒業文集にはシッカリ書かれているので、
もう、それだけで
基本的なものはダダ漏れなわけでもあるわけです。
まぁ、卒業文集あたりになると
変わっているものも多く、
確度的には低いと思いますがね。
今回、俺に国勢調査を依頼しに来たおばちゃんは
書き終わったら、私の家の自転車のかごにいれておいてねぇ~
という選択肢を俺に投げかけたくらい、
個人情報保護に対して緩く、
まぁ、それはそれで問題だとは思いますがね・・・。
結局、俺もそこまで不用心なことはできず、
取りに来てもらった。
なーんか、油断ができない
世知辛い世の中になってきましたねぇ。
土曜日の朝に
両親から電話が入る。
昔、私が小さいときによく遊んでいた親戚の人が
亡くなったという。
寝起きの電話。
寝ぼけ眼で聞いていたのだけど、
一気に目が覚め、そして心の何かがズシリと沈む。
自分で自分を死に追いやったらしい。
両親は東京にいる私に心配を掛けまいと
休日に電話をかけてきてくれ、
お葬式はもうすでに終わったというのだど、
なにかやるせない。
その人と遊んだ記憶が思い出される。
その人が亡くなった時間と
そのときの自分が過ごしていた時間を照らし合わせる。
自分が何気なく過ごしていた時間。
その人がなにを考え、
そして、どうしてそうなってしまったのか。と。
その行為を
それはダメよ。やったらアカンよ。
というのは簡単で、
その理由も簡単に思いつく。
周りの人を悲しませる、であるとか、
いまが苦しくても、生きていれば楽しいこともあるのだよ、とか。
親の悔しさといったら、
それは言葉では言い表せない想いがあると思う。
でも、当事者の気持として考えたとき、
その行為がイイ、とか悪いとか、
一言では言えないところもあるとも想像する。
そういう時は、
完全に精神状態が逸脱していると思うから。
その人は、会社を辞め、実家に帰り、
新たな職場を探して就職活動をしていた。
自分がやってきたものに対する挫折感、
そして、その後の展望への不透明感。
精神的なところでその人は確かに
細い部分はあったと思う。
年齢的なものもあったのかもしれない。
窮地を乗り越えられる人
窮地を乗り越えられない人
窮地を乗り越えられない人でも
周りによって助けられることもあるし、
窮地を乗り越えられる人でも、
周りによって貶められる場合があるかもしれない。
自分の関わり方によってなにかが
変わったかもしれない。
だから、周りに無念さを残す。
人は同じ環境で育てられていても、
精神的な強さにおいては強弱が出る。
見るもの、言われることに対して
どう感じるかはその人にかかっている。
人のモノや言葉に対する感じ方に対して、
その人以外はなかなか立ち入れない。
それは個性にも通ずるところでもある。
そう考えると、精神的な強さ、弱さは生まれ持った
ひとつの才能なのかもしれない。
周りを、そして自分を省みたとき
時々そう思う。
しかし、
そういう割り切った思いはありながらも、
自分が人の強さの一部となれる事もあるし、
そうであってほしいという希望もある。
でも、それは「できるだけ」であって
完全にはできない。
人は人に対してなにができるのか。
一人の身近な死を感じ、
そして、やっぱり
その死に対してせつなさが残る。
両親から電話が入る。
昔、私が小さいときによく遊んでいた親戚の人が
亡くなったという。
寝起きの電話。
寝ぼけ眼で聞いていたのだけど、
一気に目が覚め、そして心の何かがズシリと沈む。
自分で自分を死に追いやったらしい。
両親は東京にいる私に心配を掛けまいと
休日に電話をかけてきてくれ、
お葬式はもうすでに終わったというのだど、
なにかやるせない。
その人と遊んだ記憶が思い出される。
その人が亡くなった時間と
そのときの自分が過ごしていた時間を照らし合わせる。
自分が何気なく過ごしていた時間。
その人がなにを考え、
そして、どうしてそうなってしまったのか。と。
その行為を
それはダメよ。やったらアカンよ。
というのは簡単で、
その理由も簡単に思いつく。
周りの人を悲しませる、であるとか、
いまが苦しくても、生きていれば楽しいこともあるのだよ、とか。
親の悔しさといったら、
それは言葉では言い表せない想いがあると思う。
でも、当事者の気持として考えたとき、
その行為がイイ、とか悪いとか、
一言では言えないところもあるとも想像する。
そういう時は、
完全に精神状態が逸脱していると思うから。
その人は、会社を辞め、実家に帰り、
新たな職場を探して就職活動をしていた。
自分がやってきたものに対する挫折感、
そして、その後の展望への不透明感。
精神的なところでその人は確かに
細い部分はあったと思う。
年齢的なものもあったのかもしれない。
窮地を乗り越えられる人
窮地を乗り越えられない人
窮地を乗り越えられない人でも
周りによって助けられることもあるし、
窮地を乗り越えられる人でも、
周りによって貶められる場合があるかもしれない。
自分の関わり方によってなにかが
変わったかもしれない。
だから、周りに無念さを残す。
人は同じ環境で育てられていても、
精神的な強さにおいては強弱が出る。
見るもの、言われることに対して
どう感じるかはその人にかかっている。
人のモノや言葉に対する感じ方に対して、
その人以外はなかなか立ち入れない。
それは個性にも通ずるところでもある。
そう考えると、精神的な強さ、弱さは生まれ持った
ひとつの才能なのかもしれない。
周りを、そして自分を省みたとき
時々そう思う。
しかし、
そういう割り切った思いはありながらも、
自分が人の強さの一部となれる事もあるし、
そうであってほしいという希望もある。
でも、それは「できるだけ」であって
完全にはできない。
人は人に対してなにができるのか。
一人の身近な死を感じ、
そして、やっぱり
その死に対してせつなさが残る。
座椅子を買った。
まぁ、これはどうでもいいのだけど、
それまで使っていた座椅子をどう捨てるかに困っている。
清掃局に頼むと
10月中旬を過ぎるという対応の遅さももさることながら、
近所のコンビニや市役所なんかでシールを買って、
捨てるものに貼り、外に出しておく行為が気にかかる。
座椅子で大体500円チョットという料金。
まぁ、料金は安いねんけどねぇ。
外に出しておいて、ほんとに大丈夫なんでしょうかねぇ。
近所のおばちゃんに文句を言われなければよいのだが・・・
あと、民間業者でも粗大ごみを引き取ってくれるところがあるけれど、
電話口で料金を言ってくれないところが多い。
取りに来て、
見積りの金額に納得がいかないのであれば、
そのままお金はかからないらしいのだが、
予想としては3000円くらいで
見積もられそうな気がしている。
その金額でこられたら
座椅子一脚よりも捨てる金額の方が高い!
その料金でこられたら断ろうかとも思っているのだけど、
面倒くさくなってそのまま引き取ってもらいそうな気もするな。
まぁ、業者にとってはそれが“ひとつの手”なんでしょうけどね。
でも、粗大ごみって捨てるのが面倒くさい。
山や広場に捨てるという行為は言語道断だけど、
こんなに捨てるのが面倒だったら、そうする人も出てくるわな。
そんなところではそういう人たちを取り締まる
パトロールとかもしているみたいだけど、
パトロールっていうよりも、
もうちょっと手軽に引き取ってくれるような仕組みを作った
ほうがいいと思うんやけどねぇ。
捨てるものにお金を払うのがイヤ!という人は別として、
手間が掛かるために捨てに行く人に対しては
歯止め掛かると思われます・・・。