たいくんの日誌 | 猫はいつ光りますか(待機中)

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かなりの珍道中!!!!

日々、ちょっとした悲しみ(訃報や、ままならないこと以外の、本当に小さな寂しさや悲しさ)を、いま生きているみんなは、どうやって折り合いをつけたり、なごませたりしているのだろう。


例えば、有名な音痴リコーダーのタイタニック動画とか、中国のパンダ園の子パンダたちの群れ画像とか、笑ったり癒されたりするちょっとしたものが、現代はすぐに観られたり、情報が手に入ったりすると思う(すごく適当にいうとそんな感じ)。


わたしにとってそれは、「たいくんの日誌」だ。


以下、すべてあだ名なので、そのまんま書きます。


高校生のころ、同級生に「たいくん(君)」と呼ばれている男子生徒がいた。
たいくんは少し風変わりで、家にテレビがないだの、空手の有段者だの、いろいろなネタがある子だった。
イケメンではない(ごめん、たいくん)、本当に普通の子で、いがぐり頭の、黒縁メガネ、背は低くてずんぐりしていて、とにかく特筆できる感じではない平凡な人だった。
ある日、たいくんと同じクラスのみるえちゃん(部活が一緒)が、「ちょっと来て!」と言うので、部活のみんな(新聞部と漫研を兼部していた)でみるえちゃんのクラスへ行った。
みるえちゃんが、クラスの日誌を開き、「これ読んで」というので、みんなで読んだ。
時間割、天気、連絡事項、書いた人(日直当番)の名前、など、一見普通だったが、今日の出来事、みたいな欄に、びっしり何かが書いてあった。
初めは、「移動教室への移動が遅く…」みたいな真面目なことが書いてあるのだが、途中から「そこに行けば、どんな夢も、叶うというよ。誰も皆、行きたがるが、遥かな世界」(中略)「愛の国ガンダーラ」。
そこでわたしたちは顔を見合わせて「何やこれ」「最後ガンダーラ、ガンダーラって何なん」「いきなりガンダーラの歌詞に変わってる」と大笑いした。

たいくんはちゃんと英語の歌詞までカタカナで書いていて(ゼイセイ〜??インディアみたいなあれ)、テレビないのに、ゴダイゴのガンダーラは知ってるんや!とまた、みんなで爆笑したのだった。


その風景を、わたしは寂しくなったら思い出している。しかも、たびたび。

何てことはない、ただ日誌が面白おかしく書かれていたこと(たいくん本人にはそのっもりはないかもしれない)、書いたたいくんが少しへんこで、学校に空手着を着てきたり、ペットのインコやトカゲ(のちに小さなカメレオンだと本人から聞いた)を学校に連れてきていたこと(足に紐を結んでリードにして、肩に乗せてきていた)などの、一連の記憶をひっぱりだして、わたしは何度も悲しい空気を乗り越えてきた。
笑ったりしてごめん、と謝りつつ、色あせて擦り切れて、記憶が捏造をくり返しているかもしれなくても、わたしは何度もたいくんの日誌のことを思い出した。
そのたびに小さく笑い、あれ、まだ大丈夫っぽい、と思ってまた記憶をしまって、かと思えばすぐひっぱり出し、とにかくできるだけ笑うようにしてきた。

高校を卒業して二十年以上経ち、いまたいくんがどのように過ごし、どんな人になっているかもまったく知らない。
数年前にあった「Facebook同窓会」にも来なかった。
そもそも高校のFacebookつながりのなかに、たいくんの名前がない。
高校の卒業式のあと、「たいくんは北海道へ行くらしい」とみんなが噂していた。
「自衛隊に入ることが決まっている」という話も聞いたけれど真偽はわからない。


ただただ、あの日見たたいくんの日誌が、いまなおわたしの「勇気をくれる小さな笑い話」として、脳内にストックされていることだけは、せめてここに書き残しておきたいと思う。