N先生への定期的な診察でしたが、かれこれ半年は留意されて待っていたお薬についての相談を再度したものの、かわされるというか、スルー?話をはぐらかして無視、をくり返されてしまい、結局は取り合ってもらえなかったことが悔しくて泣きました。
問診でいまの自分の症状を追って話し、1度、IBS(過敏性腸症候群)の女性下痢型の新薬を試したいと伝えたのです。でもなしのつぶて。なぜか「機能性ディスペプシアのお薬」の話にスイッチされ(機能性ディスペプシアもかなり厳しい胃の病気)、「イリボーを試したいです」と意を決して3度、固有名詞を出して意思表示しましたが、無理でした。なぜだろう?イリボーを出したくない理由があるのだろうか。
診察室と待合室ではがまんできたのですが、家に帰ってみると、どうかした?という感じで初夏ちゃんがころころとまとわりついてきたところで、一気に涙ダムが崩壊してしまいました。
いや、本当に最後の砦なんだよ、イリボーが。
対症療法にしかならないけれど、効果があれば、処方されても飲まずに持つだけで、外出への意欲が出たり、お守りになり得るお薬だと思うのです。だから試したい、と患者側から言うのは、さしでがましいの?でしゃばり?
お役所仕事と同じで、こちらが訊かなければお医者さんもほぼほぼ、能動的には何もしてくれない。患者側はつねに、治りたい、治るなら何かしたい、と考えるのが普通だと思うのです。
母にその経緯を話すと、先生とはかなりいろいろと話し合ってきたのに、なぜそのお薬だけはダメなんだろう…と言うので、もしかすると先生自身が臨床で処方したことがなく(わたしがIBS患者初?)躊躇しているか、効果を疑っているのかも…へたに出したくないのかもしれない…と憶測しかできずじまいでした。
藁にもすがる思いでお願いしたのをあしらわれてしまっては、どうすることもできない、とまた少し泣いてしまった。
まっさん(さだまさしの愛称…)がことあるごとに、MCやTVで「希望を捨てず、生き延びてください。医療は日進月歩、生きていたら助かる確率が上がります。あきらめずに。」と言ってくれていますが、本当にそう。
けれども、いつか治るかもしれないと切望していても、「お薬なんかいらん、歩け、動け、人ごみに出ろ、そして慣れろ」の根性論を持ち出されたら、ぐうの音も出ないし、素人はつっこめない。
昨日はN先生に再度話すことにするか、他病院にかかるか、母とディスカッションしながらむなしくなりました。どちらも、いますぐにする気力が…HPががくんと減って、自信や自尊心が風前の灯火。
昨夜はお風呂で涙をこらえたけれども、こすったせいか目がはれてしまった。
如何ともしがたい。
どうすべ…
いつも言ってるなあ。
でもそれしか言えないときがあるし、しかたがない。
どうしたらいいか、もうよくわからないんだよ。わたしも。