短大を卒業してすぐの頃、就職した会社で仲良くなった仲間
同士で、スキーにはまった数年間があった。
あの頃、今よりずっとお金が無くて、新潟県の湯沢まで、上野
から普通の電車を乗り継いで、日帰り、なんて暴挙を日常で
行っていたし、
12月中旬からゴールデンウィーク中ごろまで、休みという休みは
全部、雪山で過ごしていた。
あの元気はいったい、なんだったんだろうなー。
この本の骨子は、
「人生の選択肢をいくつ持っていますか?」
の一言に尽きると思う。
たとえとして、友人のT氏の事例を挙げられていて、
なるほどな、と唸った。
T氏は東大を卒業後、アメリカの名門大学でMBAを取得。
30代で外資大手メーカーの管理部門のトップになった。
彼は1年ほどまえに病を得、退職して療養生活を送るが
ヘッドハンターの紹介で中堅企業の経営再建を任される。
入社初日からT氏は異様な雰囲気の中にさらされる。
彼に話しかけるものは誰もいない。
業績悪化を避けるために、人員の整理が必要なことは
誰もが知っていた。
その尖兵であるT氏に敵意や反感が集まるのは無理も無い。
だがそこには言い知れぬ不気味さがあり、
彼の存在を抹殺しようとするむき出しの憎悪があった。
新しい会社で彼が出会ったのは、リストラされれば
生きていくあてのない、追い詰められた人々だった。
自分の生活と家族の幸福を守るために
彼らは全力で戦っていた。
40,50代の社員が血眼になって取り組んでいた”事業”
それは会社にしがみつくことだった。
2ヵ月後、T氏は辞表を出した。
それは、執拗な嫌がらせに屈したためでも、汚れ役が
意に沿わなかったためでもない。
「正義が相手の側にあった」
ためだからという。
会社を辞めてもT氏は生活に困窮するわけでもない。
転職は、彼の数ある人生の選択肢のひとつでしかない。
それに対し、彼の前に立ちはだかった人々は
たった一つの選択肢しか残されていなかった。
道を譲るのは自分だろうと彼は考えたのだ。
同じサラリーマンでもT氏には別の道を歩む自由が
あった。
どちらも、かけがえのないただ一回の人生だ。
あなたは、どちらの側に立つのだろうか。
