熊本旅行最終日。
朝8時半から熊本城の入場が開始されるので、
ホテルを8時に出発![]()
そうするとお祭りに遭遇![]()
藤崎八幡宮例大祭です![]()
なんと早朝6時からはじまっているそう。
派手な盛り髪の女の子たちが沢山居て、
彼女たちのことを肥後姫と呼ぶのかな?
祭り見物を終え、熊本城に向かいました。
石垣が幾重にも重なり、相当強固なお城だったのだろうと思われます。
二様の石垣![]()
この二つの石垣は傾斜が違いますが、
手前の傾斜がゆるやかなほうが時代が古く、
奥のほうの傾斜がきつくなっているほうが新しいものだそうな。
新しいほうは技術が進歩していて、長方形の石を交互に重ねている「算木積み」という方法によって積み上げられ、より急な傾斜を作っているそう。
創建当時からのこる、唯一の多層塔です。
櫓なのに、こんなに立派だなんて!
大小天守閣の正面![]()
この一帯は西南戦争の開戦3日前に原因不明の出火で消失してしまいました。
現在この写真に写っているのは、昭和35年に外観復元したものなのです。
本物が残ってないのは惜しいな~![]()
天守閣から宇土櫓を望む![]()
もともと高台に立てられているので、眺めはスバラシイ![]()
3年ほど前から一般公開されている、
本丸御殿大広間 。
藩主の居間、対面所(接客の場)、台所などが復元されています。
四季の風景が描かれており、この部屋に居れば常に四季が楽しめます。
豪華~![]()
この部屋には、中国の漢の時代のお話で、胡の国に送られた絶世の美女、王昭君の物語が描かれていました。
王昭君は、中国四大美人のうちのひとりだそうな。
この部屋に描かれているのは以下のようなストーリー。
元帝は匈奴へ贈る女性として後宮 の中の一番醜い女性を選ぶため、宮女の似顔絵帳の中の一番醜い女性を選ぶことにした。似顔絵師であった毛延寿に賄賂 を贈らなかった王昭君は一番醜く描かれていたため、王昭君が匈奴への嫁として選ばれた。皇帝に別れを告げるための式で王昭君を初めて見た元帝は王昭君の美しさに目を奪われたが、匈奴との関係悪化を恐れ、この段階になって撤回することも出来ないため渋々送り出した。その後、画工の不正に気付いて激怒した元帝は毛延寿の首を刎ねた。その後、呼韓邪単于が亡くなり、匈奴の習慣に習い息子の復株累若鞮単于の妻になった。そのとき、王昭君は、反発したが漢王朝から命令されしぶしぶ妻になったと記述がある。(ウィキペディアより)
この話を読んで、自分の目で確かめないものは信じるな、みたいな教訓を忘れないようにしていたのかなぁと、ちょっと帝王学について考えた私でありました。
熊本城の公式HPにこんなのがのっていましたので、
気になるかたはどうぞご一読↓
「昭君之間(しょうくんのま)の秘密
」
武者隠しもありましたよ![]()
なかなか楽しい本丸御殿大広間でした![]()
外に出ると・・・
甲冑姿のひとたちが・・・!
これは一緒に写真を撮らねば![]()
「一緒に写真をお願いします!」
「ありがとうございました~!」
・・・
「礼には及ばんだで。」
武将になりきっていました![]()
あとは、観光地によくある、
殿・姫・武将などの顔だけ丸く抜いてある、写真を撮るための
小道具が置いてありました。
もちろん撮影~![]()
そうして熊本城見学が終了です。
大分より熊本勝っている!と主張をするポイントのひとつ。
PARCOがここにあります。
鶴屋百貨店も。
にぎわっていましたよ~![]()
鶴屋百貨店のなかの、馬肉うりば。
うひょー!おいしそ~~~~![]()
しばしデパートを見物し、ランチへ![]()
「菅乃屋 上通店 」
~石焼ランチ~
じゅうじゅう。
+500円で、馬刺しのお寿司に変更してもらいました![]()
~舞桜会席~
~レバ刺し~
オススメされたので注文したのですが・・・・・・・
・・・・・
う、うまいっっっっ![]()
ごま油と塩だけでいただきました。
さいこーです![]()
熊本のおいしいものをたいらげて、
帰りは揺れなかったよ~!
雲が神秘的でした![]()
飛行機に乗るとすぐに、
熊本名物?ちくわにポテサラがinしているてんぷら。
間違いなくオイシイ![]()
「ソーダまんじゅうって何ですか?」
と聞くと、
「へ?ソーダ饅頭だよ。」との返事。
中身に何が入っているのかナゾだったので聞いてみたけど、
ソーダ饅頭が当たり前すぎて伝わらなかった模様。
「中身はあんこですか?」ときくと
「はぁ、あんこだよ。」とな。
コチラも手作りで、おいしかったよー![]()
熊本を食べつくした今回の旅でした![]()






















