慶応3年(1867年)11月13日
御陵衛士 伊東甲子太郎(元・新撰組参謀)が龍馬を訪問

陸奥陽之助に刀についての手紙を書く。



現存する中で最後の手紙暗殺2日前の手紙。海援隊士陸奥との刀談議。龍馬の刀剣趣味は並々ではなかったという。

【原書】
一、さしあげんと申た脇ざしハ、まだ  大阪の便がかへり不申故、わかり不申。
一、御もたせの短刀は-さしあげんと申た
-私のよりは、よ程よろしく候。
-但し中心(なかご)の銘及形。
-是ハまさしくたしかなるものなり。
然るに大阪より刀とぎかへり候時ハ、見せ申候。
一、小弟の長脇ざし御らん被成度との  こと、ごらんニ入レ候。
十三日 謹言。
陸奥老台 自然堂 拝

【現代翻訳文】
一、差し上げると言った脇差は、まだ  大阪の便が帰ってこないのでわからない。
一、持たせた短刀
(差し上げると話した)
は私のものよりはるかに良いものです。
ただし、茎
(なかご:刀身の柄に被われる部分)
の銘は型に及ぶものです。
これはまさしく確かなものです。
けれど、大阪から刀研ぎが帰ってきたら見せて下さい。
一、私の長い脇差をご覧になりたいと  のことなのでご覧に入れます。
13日
陸奥老台(陸奥宗光)
自然堂 (龍馬変名)




この手紙からは、龍馬に暗殺される警戒心すら感じさせない刀談議の手紙。


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大分県 佐賀関に勝海舟・坂本龍馬が九州に初上陸した地があります。

江戸時代、参勤交代の道として整備され、肥後藩主が使用した 「佐賀関街道」 「肥後街道」を幕末、 坂本龍馬、勝海舟が駆け抜けています。 文久4年(1864年)オランダ、アメリカ、イ ギリス、フランスの4カ国による下関砲撃中止交渉のため、海軍塾の塾頭である坂本龍馬を連れ神戸より2月15日に佐賀関に上陸。 佐賀関の徳応(とくおう)寺




に宿泊し、 佐賀関街道を通り、 翌16に鶴崎で宿泊。 肥後街道を通り、 17日には野津原に宿泊。 熊本へ行き、長崎へ




航海を学ぶ海軍塾なぜ陸路??
と思いません?

神戸より瀬戸内を通り、長崎へ行くのが最短だが、海戦真っ只中。

九州を下り、薩摩を通るももってのほか。

となれば、陸路でかつ幕府側の藩でかる肥後藩が「いざ!鎌倉へ!」の際、整備した肥後街道となる。

それぞれに意味がある。





海舟日記によれば、佐賀関において 「15日5時 豊前、佐賀関、着船。即ち徳応 寺へ止宿す。」とあり、 
時の徳応寺 第10世住職 東光龍潭



が記した 「日本人物誌」


 
には、勝麟太郎他脱藩志士達で構成された神戸海軍塾の塾生の宿泊名簿(住職が名前を聞き記したとされる)も現存しており、そこにはなんと





『坂本龍馬』と記されており、高松太三郎と あるのは、龍馬の甥、高松太郎ではないかと されている。

又、この『日本人物誌』には住職が絵の才能 や多方面にも多彩で


その時、龍馬らが乗って きた船の挿し絵もあり、専門家の見解では当 時スクリュー式の軍艦は、1艘しか無く、長 崎丸であると確信される。

因みに熊本へは、海舟の師であり、新政府綱 領八策の礎を作った開国派。 横井小楠を訪ね、海舟から預かった金を渡し、小楠から小楠の養子、その養子の弟、肥後藩士3名の神戸海軍繰連所入門を依頼された。(海舟 日記より)

また余談だが、小楠と由利公正を訪ね、3人 で酒を飲み龍馬は愉快極まり 「君が為捨つる命は惜しまねど心にかかる国の行く末」と詠った。





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KARA LIVE行ってきましたぁ♪
o(^-^)o
10月17日マリンメッセ福岡






高知から15日早朝に帰宅し、夜勤して翌16日ガッツリ寝て17日朝から男3人で福岡へ向かいました。

途中の別府湾SAのシフォンケーキ美味かったっす!

昼にキャナルシティへ到着!

一蘭で腹ごしらえ

買い物少々、スタバでコーヒーしばいていざ!

長蛇の列!



グッズを買い開場!!
席はアリーナ4列目!!
ちかっ!かわいっ!
いい匂い!!
顔ちっさ!!
とオッサン大ハシャギ♪

途中、KARAのメンバー移動の際はかなりの至近距離で興奮しまくり!

LIVEってほんっとにいいもんですね!

終演後は、宮崎には無い
【餃子の王将】へ!
ガッツリ食った後は、スーパー銭湯でまったり(*´▽`*)

翌日、もう2人と大分で約束してたので途中の基山SAで車中泊(^_^;)
当然、寝れず…

そして、パークプレイスで昼食後高知からの帰りフェリー乗り場で気になった看板を目にし、これは行かねばならぬ!と発起し、いざ佐賀関へ!!


佐賀関編は、また(*^_^*)後日!


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出逢いの達人、坂本龍馬



その精神を少しでも継承すべく、Facebookで知り合った龍馬会、龍馬ファン、子孫の方々。








実際にお逢いして益々人が好きになりました。

そして、前回の旅とは全く違った形で行く先々で好意にもてなして下さった方々。










これもOTOGIのお二方の築き上げてきた人脈あっての事。




普通、見ず知らずの人を家に泊めれますか?

自分一人の行動力だけではとても逢えない方々にばかりお逢いでき、しかもずっと逢いたかった方ばかりで
まるで、

夢の様なお伽の国のお伽話でした!

高知が益々大好きになり、また逢いたいと思える方々ばかり。

個人的に行きたい所がまだ沢山あるます。でも、それでいいんです!

また行きたいって思えるから♪

また行くけどね!(^_-)

そして、何よりも龍馬さんに感謝しますm(_ _)m


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ひろめ市場を後にし

和霊神社へ行きました。

神田(こうだ)の和霊神社保存に追力下さってる方々にわざわざご足労頂き水杯を準備下さりいざ!




境内へ!


スズメバチが…( ゚Д゚)
それは、危険だ!!
って事であえなく下山…

次の場所へと





そう!念願の岡田以蔵さんの墓参りです!

OTOGIの新曲
IZOU~ひとすじの剣の道~

聴くだけでウルウルきてしまいます。
(;_;)

もうすぐ到着(;゚ロ゚)












きっちり皆で供養させて頂きました。

以蔵さん!
喜んでくれたがかえ??



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