カプチーノを飲み、ホテル南水さんを出て裏に周り、坂本龍馬生誕の地の石碑へ題字は、かの首相、吉田茂氏著です。


ここ水通町は、その名の通り道の脇には水路があり龍馬の時代、この水を利用して染め物や和紙などのお店が軒を連ねていたとの事です。

そして、何十メートルも歩かない場所に♪
『龍馬の生まれたまち記念館』があります☆


ここでは、主に龍馬が幼少期の街の模様や暮らしなどを再現、展示してます♪




龍馬さんと近藤長次郎さん近藤長次郎さんは、龍馬さんの3つ下で龍馬さんの家の近所で生まれ育ちました。
町人→河田小竜門下生→勝海舟門下→海援隊士と非常に文才があり、武士でないのに土佐藩から特別に刀を持つ事を許され人です。
彼は、饅頭屋の息子で名字も無く、町人は名字を名乗る事も許されなかったのですが、近藤と名乗ってます。


この座像は、日本で龍馬さんの肖像写真は、6つあるんですが最近になって発見されたもので、龍馬さんのトレードマークであるブーツも履いてません。これは、当時写真を名刺代わりに配る事が流行っていたらしく龍馬さんなりの正装で写ったとされ、またこの写真は龍馬暗殺に一番近い写真ともいわれており、後ろに咲いていた菊の花などから季節は秋であり、最も暗殺の11月に近い写真と言われています。
その写真を像にしたものなんです。
そして、美人ガイドさんに【龍馬誕生地探索コース】をガイドしてもらいました♪
全国で唯一、実在した人物名を冠した郵便局
『龍馬郵便局』です


他にも写真は、デジカメにのみですが、龍馬さんが通った日根野道場跡や近藤長次郎さん誕生地、龍馬の家が営んでいた『才谷屋』跡地付近に立つ喫茶店『さいたにや』等々
才谷屋とは、質屋、作り酒屋など行う土佐の三大豪商の一つで龍馬さんは裕福な家のボンボンなんです。
そのもう一つは、播磨屋でそこに掛かっていた橋がはりまや橋でもう一つの豪商(名前忘れました…)が播磨屋と向かい合わせに建ってあり、2つのお店を行き来する為に造られた橋との事。
はりまや橋は、行きませんでしたが有名な『土佐の高知のはりまや橋でぼんさん、かんざし買うた♪』と歌にもありますが、期待値高く訪れると川は流れてないし、ほんの何歩かで渡れる橋なんで日本三大がっかりスポットとも言われてます。(笑)
とまあ、午前の部はこんな感じ♪
みんなぁが親切じゃき、わしゃ感動しちゅうがぜよ!


ここ水通町は、その名の通り道の脇には水路があり龍馬の時代、この水を利用して染め物や和紙などのお店が軒を連ねていたとの事です。

そして、何十メートルも歩かない場所に♪
『龍馬の生まれたまち記念館』があります☆


ここでは、主に龍馬が幼少期の街の模様や暮らしなどを再現、展示してます♪




龍馬さんと近藤長次郎さん近藤長次郎さんは、龍馬さんの3つ下で龍馬さんの家の近所で生まれ育ちました。
町人→河田小竜門下生→勝海舟門下→海援隊士と非常に文才があり、武士でないのに土佐藩から特別に刀を持つ事を許され人です。
彼は、饅頭屋の息子で名字も無く、町人は名字を名乗る事も許されなかったのですが、近藤と名乗ってます。


この座像は、日本で龍馬さんの肖像写真は、6つあるんですが最近になって発見されたもので、龍馬さんのトレードマークであるブーツも履いてません。これは、当時写真を名刺代わりに配る事が流行っていたらしく龍馬さんなりの正装で写ったとされ、またこの写真は龍馬暗殺に一番近い写真ともいわれており、後ろに咲いていた菊の花などから季節は秋であり、最も暗殺の11月に近い写真と言われています。
その写真を像にしたものなんです。
そして、美人ガイドさんに【龍馬誕生地探索コース】をガイドしてもらいました♪
全国で唯一、実在した人物名を冠した郵便局
『龍馬郵便局』です


他にも写真は、デジカメにのみですが、龍馬さんが通った日根野道場跡や近藤長次郎さん誕生地、龍馬の家が営んでいた『才谷屋』跡地付近に立つ喫茶店『さいたにや』等々
才谷屋とは、質屋、作り酒屋など行う土佐の三大豪商の一つで龍馬さんは裕福な家のボンボンなんです。
そのもう一つは、播磨屋でそこに掛かっていた橋がはりまや橋でもう一つの豪商(名前忘れました…)が播磨屋と向かい合わせに建ってあり、2つのお店を行き来する為に造られた橋との事。
はりまや橋は、行きませんでしたが有名な『土佐の高知のはりまや橋でぼんさん、かんざし買うた♪』と歌にもありますが、期待値高く訪れると川は流れてないし、ほんの何歩かで渡れる橋なんで日本三大がっかりスポットとも言われてます。(笑)
とまあ、午前の部はこんな感じ♪
みんなぁが親切じゃき、わしゃ感動しちゅうがぜよ!


暫く眺めとこ(笑)

























