西南戦争の際、官軍の大隊長として指揮を取り1877年8月18日、 延岡の可愛岳での西郷軍との戦闘で戦死した迫田鉄五郎少佐。
彼は鹿児島の出身で、敵味方として戦った西郷隆盛とは旧知の仲であり28歳にして官軍の少佐を務めるほどの人物だったそうです。
迫田鉄五郎は坂本龍馬とも交流があり、 この拳銃は龍馬から迫田に贈られた物であるそうです。
2009年には、
『土佐山内家宝物資料館』にて
「小特集 迫田家 資料」【高知市】も開催されており、幕末から明治に生きた薩摩藩士迫田鉄五郎の書状群を展示。明治初期の日本の姿が浮かび上がります。 平成15年に高知県へ寄贈された迫田家資料の小特集展示で、幕末から明治初期にかけて薩摩藩士・陸軍軍人として活躍した迫田鉄五郎の書状群を紹介。弟七郎が収集した幕末志士たちの遺墨は、幕末の激動、新政府の苦悩、西南戦争の悲惨さを現在に余すことなく伝えています。
このような事柄から、このピストルも強ち嘘とは言えず、信憑性のある証拠資料が無いだけに真意の方は定かではないが、細島には他に 官軍墓地や黒田家臣の墓などが ありますがこれらは京都伏見の寺田屋騒動、薩摩藩内紛、西南戦争などと関係したことでありこれには坂本龍馬も 迫田鉄五郎も関係しているので この二人が旧知の間柄であるという可能性はありますよね。このピストルを高知県が譲って欲しいと言って来た事もあり、譲らなかったそうです。
歴史は作られると言うか…掘り起こし、追究すると面白い事実が浮き出てくるかもしれませんね♪
日向市指定文化財
細島みなと資料館
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