
先日、仕事途中に立ち寄った鮎やなの風景です。
今や我が街延岡では、ここが唯一となった鮎やな。
かつて、延岡藩には大老井伊直弼の妹が嫁いでいてここ延岡で獲れた鮎を将軍家に献上していたらしいです。
あゆを食したお殿様は、「日本一なり!!」
と言ったとか

川幅を堰止め、この位置にあゆを追い込み

あゆが泳げない位の浅瀬を端に作り、水を逃がす仕組み。
今では、観光的なオブジェ化してますが江戸時代から続く伝統漁でやなを創れる職人も数少なくなっています。
盛んな時期には一河川にいくつものやなが架けられ秋の風物詩となっていた事でしょう。
延岡の鮎は、全国的にも稀な尺鮎と言われ30㎝を超す鮎が生息すると言われています。
今でも県外から鮎釣りに訪れる人もいます。
釣り専門テレビにも紹介されたりします。
現在は鮎を食べさせる鮎場も年々数が減り、天然鮎は疎か養殖鮎場も減っています。
水害、水質変化、景気低迷さまざまな要因があり鮎の数、食べに来る客の数。つまり需要も供給も減り危惧化してます。
こんな美しく、素晴らしい伝統が消え失せて行くのは寂しいものです。
我が家は、年に一度ですが鮎を食べに出掛けます。
普段の外食に比べると価格も高いですが、川のせせらぎを聞きながら食べる鮎は格別です。
郷土に生まれなければ、出来ない事です。
無くなってしまってからいくら行ってみたいと言っても出来ません。
無くなって後世に伝えたくても経験してなければ説得力ありません。
郷土にしか無いもの。
今一度見直してみたいと思う、今日この頃。
新しいモノよりも古い技や技術からの方が学ぶ事が多い気がします。
人にとって過ぎ去った時間や日々全てが歴史です。
歴史無くして明日は無し。最近、歴史的な書物を読んでいると過去の人々が創造したモノが現代に受け継がれ今がある。
とつくづく思います♪
自分の先祖がどんな生き方をし、どんな経験をしたのか知りたくないですか?
小さい頃、祖父によく戦争の話を聞きました。
母曰く、「爺ちゃんは、息子や娘は聞かんけど、お前だけが戦争の話を聞いてくれよったから嬉しかったっちゃが」と話を聞き、もっと聞きたい事いっぱいあったのに…と今になって思います。
祖父は、都城23連隊という所に配属され、一週間後満州へ進み精強を誇る関東軍の一員として大連、石家荘、各地に駐屯。
終戦後はソ連軍に下り捕虜として一週間食糧も与えられず、水のみで生命を維持、強制労働を強いられ僅か一年で戦友が栄養失調で逝き召集からまる7年後にナホトカから舞鶴に生還。
これは、祖父の息子(私の父や叔父)・娘(叔母)も知らない僕だけが知る爺ちゃんの戦争記です。
なかなかこの様な生き地獄な体験は、話したくないものですが爺ちゃんは、僕に伝えてくれました。
シベリア抑留って話はなんとなくで知っていましたが、現地の山賊に襲われたり山賊になった戦友もいたりだったと聞きました。
身近な家族の歴史でもこれだけ壮絶なのかと感慨深くなります。
ヒストリー。
奥深いですね。
だいぶ話がそれましたが、最後まで見てくれてる人がいれば有難いものです。