今日は、どんげde SHOW♪-201004211422003.jpg


『剱岳 点の記』CDあらすじを少しニコニコ
剱岳(つるぎだけ)富士山は飛騨山脈(北アルプス)の立山連峰にある富山県の上市町と立山町にまたがる山で、登り口すら見つける事が不可能とされた。日本地図唯一の空白地帯を埋めるべくただ、地図完成のためだけに命を賭けた男達の記録。

香川照之さんが日本アカデミー賞で最優秀助演男優賞を受賞した時に、西田敏行さんに「お金をかける映画は多いけど、命をかける映画は少ないよね」と言ってもらったと話していた通り、かなり命がけの撮影だったことがうかがえる映画映画でした。m(__)m

明治39年。
日本は国防のために完璧な日本地図の完成を急いでいた。さらには日本山岳会らが剱岳初登頂を狙っていた。山岳会より先に測量隊の旗を立てなければ陸地測量部の恥だと言わんばかりに、参謀本部陸地測量部の測量官・柴崎芳太郎(浅野忠信)は陸軍の威信にかけてでも初登頂を果たせという命令を受ける。

前任の古田より登頂に重要な山を熟知した案内人として宇治長次郎(香川照之)を紹介してもらい、下見に向かったが、登り口の手がかりすらつかめずに下山。剱岳が危険なことを上官に伝えるも聞き入れてもらえず。
翌年明治40年の春、長次郎や測夫の若さゆえ、少々強気で向こう見ずな生田信(松田龍平)らと共に測量の為の登山に出発する。

ガレ場だらけの切り立った尾根と悪天候・雪崩などの厳しい自然環境、日本山岳会(仲村トオルら)との登頂争い、未発達な測量技術と登山装備など様々な困難と戦いながら測量を行う物語。

かつて、弘法大師(おだいっさん)が三千足のわらじを使っても登れなかったという剱岳。

山や測量、地図作りの事はよくわかりませんが、当時地図作りは軍事力を現す事でもあったようです。

江戸時代には、伊能忠敬が作った地図をどこぞの国が見てこれだけの地図を作れる国の文明はさぞ発達してるんだろうと思い日本に攻め込む事を辞めた。“地図一つで大国を黙らせた”という話もあるぐらいです。


しかし、地図とは本来国の為ではなくそこにいる、そこに住む人々の為にあるべきもの。

自分の住んでる場所がどのような位置にあるのか?知りたいと思うココロから地図作りは始まったんでしょうねニコニコ

今の時代にCG一切なしのオールロケーション。
美しい風景。
これぞ、日本の映画
ですよ!!


人は何をしたかが重要ではなく、何の為にしたかが重要である。