パンが焼き上がるとうさぎさんがやってくるのだ breadconfiblogのブログ -173ページ目

パンが焼き上がるとうさぎさんがやってくるのだ breadconfiblogのブログ

パンを作る、ただそれだけだけれども、やりたいことやらなければならないことは沢山あります。それをひとつひとつ叶えていこうと思います。本や映画もそのひとつ。うさぎさんを可愛がることは、ボートを漕ぎ出すように僕を押しすすめてくれることなのです。


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 なかんずく繰り返し思い起こされるのは、僕がいつも座っていた
 ソファーに乗り休んでいたり、一度も来たことがない机の横にある
 棚にジャンプし登り、心地よいとは思えない、箱が重なった上で
 休んでいたことである。

 ソファーは段ボールの上に敷いた布よりも十分に柔らかいので
 いつもそこに座り休んでいれば良かったと思うけれども
 それをすることはなかった。登って遊びはするが、決して
 ながいをすることはなかった。

 そのような言ってみれば少し不思議な、突飛にも映る行動の
 あり方はいつもの、変化を求める好奇心の表れではあったと
 思う。自らの最後を感じ取り、自分の存在を永くとどめておくため
 彼女がとった思いで作りであったというのは、いくらなんでも
 そんなことはないだろう。

 彼女が持ち合わせている多様な関心や楽しむ気持ちが起こさせた
 (例えばあるじ(主)がいつも長い時間いる環境への興味とか)たまたまの変化であったと思う。
 そのような好奇心がもたらした変化を、何かの暗示であるなどと思うのは
 どうだろうか、小説好きな人間が思いつくただの空想であると思われる。

 だが今となっては、そのストーリーはなかなかに魅力的で
 チャーミングであり、素敵な物語であったと思うのである。

 それは「魂は帰ってきたい時に帰って来るのだ」という
 言葉がもつ響きと同様に、強く一人歩きする出来事だったのだ。