
いつのことであったのか、よく思い出すことが出来ない。
だけどもそれはとても繊細な物語であったと、僕の記憶は物語る。
しかしよくよく考えを巡らせるとそれは「マイ・ロスト・シティー」で
あったような気もする。
今回ラジオで耳にした柴田元幸氏について図書館にて検索しているうちに本書を見つけた。パラパラとめくったところ、この物語に再び巡り会った
という訳である。
偶然めくられたそのページには冒頭から「土曜日の午後に彼女は車で、
ショッピングセンターの中のパン屋にでかけた」とあった。
パン屋を営む僕としては気にならないはずが無い。
どのように描かれ、ストーリーは進行し、いかなる顛末を迎えるものなのか一気に読み進んだ。正確には2度目になるはずだけれど
筋から何からきれいに記憶から消え去っていた。この物語にパン屋が
登場すること自体記憶のどこを探っても出てくることは無かった。
物語は、恐らく、カーバーの得意とする静かな悲しみへと展開してゆく。
僕が個人的に印象に残るのはこの場面だ。
パン屋はこう語る。
「何か召し上がらなくちゃいけませんよ」とパン屋は言った。「よかったら、
あたしが焼いた温かいロールパンを食べてください。ちゃんと食べて、頑張って生きていかなきゃならんのだから。こんなときには、ものを食べることです。それはささやかなことですが、助けになります」と彼は言った。
(略)
そしてこう続ける。
「何かを食べるって、いいことなんです」
(It`s good to eat something.)とても平易な言い回しの英語だ。

そうなのだ、その通りなのである。
僕が大切にしていたうさぎは、かみ合わせの癖がほんのわずかに変わることにより生じてくる歯並びの変化により、食べることに不都合が出るようになっていた。
その食べる分量が心臓の鼓動を生み出すことを可能にすることが出来なくなったとき、彼女は僕のすぐ隣で、静かに、柔らかな敷物の上に倒れた。その音はとても小さく突然の出来事であることを意味していた。筋肉に力を全力でこめてみたけれど、それは抗うことの出来ないことであったのだと思う。
すぐに彼女の頭を撫でつけ、同時に心臓マッサージを施した。
どうにもならないことであることは彼女自身が一番よく分かったのだろう。
以前に一度だけ発したことのある、喉を震わせる声を長く出して
間もなく天に召された。
食べることはとても大切な、
それこそ命をつなぎ続けることなのである。