訪ねると、

毎週「メロンパン二つ」と言われるお父さんがおられました。

家族が買ってくれるのですが、お父さん今日はどうするの

と聞くと、リクエストは必ずメロンパンをふたつなのです。

 

それが長い間続きました。

ところがある日、それが途切れます。

 

家族の方に僕が訊いたところ、お母さんに「そんなもんばかり食べて」

となじられやめざるを得なくなったようです。

 

 

お父さんはいつも座って仕事をしておられるように

見えたのですが、実のところほとんどなにも

していなかったのだそうです。

 

ただ自分が手掛けた仕事場を離れがたく

恐らくはそこにいるだけで安心していたのだと思います。

 

息子さんがキチンとあとを継いでくれたし

お嫁さんもテキパキ仕事をしてくれます。

 

椅子に腰かけているだけになってから

一体どれだけの年月が流れたのでしょうか。

そのことをちゃんときいたことはありません。

 

だけども少しずつ仕事が上手くなっていく

息子夫婦を見ているのは

さぞかしうれしいものであったことは想像に難くありません。

 

 

 

お父さんのメロンパンオーダーはほどなくして

二個から一個に変更され、再び注文いただくようになりました。

 

お母さんも一個なら、ま、いっか、文句をいうまでも

ないかという状況だったのでしょう。

 

そのあたりはお父さんとお母さんの阿吽(あうん)の呼吸で

その再オーダーまでの期間と個数が決定されたのだと思います。

 

 

 

再オーダーをいただくようになりひと月ほどしたある日

お父さんは突然大きな病に見舞われ入院されることに

なりました。その後意識がなくなり3週間ほどだったでしょうか、

旅立ってしまわれました。

 

 

一度もお話をしたことはありませんでした。

メロンパンだけのご縁だったのです。

 

豆パンでもあんパンでもなく

メロンパンが、お父さんは大好きだったのですね。

 

 

パン屋を始めるにあたってそんなことは

考えたこともありませんでしたが、

人にもパンにも、決してとまることの無い日々がおくられ

悲喜こもごもな出来事が過ぎて行きます。